本日の講義内容
はじめに
皆さんこんにちは、natanです。この講座では過去四回にわたって日本の古代信仰についてお話してきました。太陽の運行に合わせた死生観や現人神信仰、蛇信仰などについて解説しましたが、それがいわゆる古神道の時代だと私は考えています。今日は、この古神道がなぜ神道になったのか、古神道と神道の違いなどについてお話したいと思います。
今回も民俗学者、吉野裕子先生の知恵を拝借しながらお話していきます。先生の詳しい紹介は、講座第6回をご視聴ください。





おさらい
まずは、これまでの内容を簡単におさらいします。
古代日本人は、太陽の運行に合わせた死生観を持っていました。沖縄の古代信仰を参考にすると、「あがり」と呼ばれる東のニライカナイ(神の国)から命の種がやってきて、男性の中に蓄えられ、男女がまぐあうことで女性の中に根づき、人間が誕生します。
また、人は人生を歩むことで徐々に「いり」と呼ばれる西へ進んでいき、寿命が尽きるとき西へ死んでいきます。これが太陽の動きに合わせた死生観です。東西軸で生死を捉えているという点が重要ポイントです。
この死生観をベースに、あの世とこの世、神の世界と人間の世界の関係性を見てみると、両者の中間には母胎が存在している形となります。

続いて、神も人も性(性交・妊娠・出産)によってこの世に顕現し、反対に人が死んだ時は神の世界に新生するという現人神信仰を持っていました。
そして、神事は妊娠・出産を模した儀式がメインになるため、祭司は女性が務めていました。また、性的な神事が主となるその信仰では象徴として蛇が崇拝されていたので、古代日本は蛇信仰ということになります。このような信仰形態が古神道です。

古神道が神道へ変化したきっかけ
大陸思想と古神道の共通点
この古神道があることをきっかけに神道へ変化していきます。それは、大陸からの陰陽五行思想を含めた外来思想の輸入です。

次回から陰陽五行思想について詳しく解説するので、今日は簡潔に神道の大まかな特徴をお話しすると、古神道の時代は東西軸で世界を捉える視点を持っていたのに対し、神道はそこに新たな軸、南北軸が追加された四方四隅(計八方位)を軸とした視点を持ちます。そして、陰陽五行の五原素「木火土金水」と十干十二支、易経などが加わった、たいへん論理的で複雑な体系になっています。

一見すると、古神道を捨てて新しく神道を作ったかのようにも見えますが、神道はしっかりと古神道を引き継いで誕生しています。そう断言する理由は、大陸思想と古神道には三つの共通点があるからです。一つは宇宙の陰と陽への理解、二つ目は輪廻の思想を持っていること、三つ目は穴に対する認識を持っていることです。
①と②は日本に限らず、世界においてもまあまあ普遍的な考え方だと思うのですが、古神道との習合において最も決定的だったのは、三つ目の「穴」に関することだったと思われます。
穴について
古神道において、東西軸の中央には母胎が位置すると考えられていて、神がこの世に顕現するとき洞穴が神のための母胎になるため、「母胎=穴」と言い換えることができます。
そして、大陸思想の中に易経というものがあり、易学において北(子)の方角は坎宮と言い、この「坎」は穴や窪みを意味します。穴の位置は違えど、「穴がある!これは我々の信仰と似ているぞ!!」ということで、先人たちは大陸思想を受け入れました。日本の信仰に穴は欠かせませんでした。
ちなみに、古神道において中央にあった母胎(穴)は、神道では子の方角(北)に移ることになりました。このように、日本の原始信仰と大陸思想には共通点があったため、多少の無理やり感はあれど、習合することができました。これまで日本は大陸思想をそのまま取り入れたと言われてきましたが、そんなことないんですね。

大陸思想と日本原始信仰の違い
吉野先生はこう言います。「日本原始信仰と大陸渡来の陰陽五行思想とは同一の思想ではない。この二者はその発想においても本質においても本来異質のものだった。しかし古代日本人は、この異質の外来思想に出会ったとき、次第に自己の信仰の中にこの五行思想を習合させ、それによってかえって自分たちにとって漠然としていたその信仰の輪郭づけを行うに至ったのではなかろうか。または、自分らよりはるかに知恵の発達していた隣人の思想を借りて、自分らの信仰・思想の体系化と理論づけを図ったとみられる」と。
さらに「本来、異質の他人の思想を借りて、自己のそれの体系化を図るということは不可能に近いことだが、それをあえて可能にしたのは、その両者の間にある共通性と、そういうことをむしろ得意とする日本人の性格だろう」ともおっしゃっていました。
なんだかこの気持ち、すごくよくわかります。私もなぜ深層心理学を勉強しているのか、なぜ神話を読み解いているのかというと、究極の目的は自分のことを知りたいからです。「私はこういう人間だ」「日本人はこういう存在だ」ということは漠然とわかっていても、いざ他者に説明するとなったとき全然話せないことが多々あります。古代日本人も同じことで悩んでいたのではないでしょうか?
ましてや、古事記が編纂される直近の時代は、大陸では激しい戦が起こっていて、日本も663年に白村江の戦いで大敗しています。国を建て直さなければいけない時期に、自分たちの信仰やアイデンティティを明確に表現できないのは致命的です。だから、大陸の思想を取り入れて原始信仰である古神道をバージョンアップさせようとしたのではないでしょうか?
ですから、吉野先生も指摘されているように、日本における陰陽五行思想への理解は必ずしも大陸のそれと同じではないと言えます。たぶん、隣国に対して我が国の陰陽五行思想を説明しても、理解してもらえないはずです。日本には唯一の原始信仰「古神道」があって、それが土台となって陰陽五行は成り立っているからです。
古神道の東西軸の世界像が東西南北軸に変わることは、私たちにとっては大した変化ではないと感じますが、当時の感覚としてはものすごい変化だったと思われます。それは東西軸という二次元の意識が南北軸の追加によって三次元に変わる、つまり意識が立体化するということなので、劇的変化だったと思います。
そのような劇的変化を起こす陰陽五行思想を難なく我が物にした私たちのご先祖様は、その時代からとても器用で賢かったんでしょうね。

神道はどのように古神道を継承しているのか
ここまで古神道から神道への変遷をお話してきましたが、ここからは神道がどのような形で古神道を継承しているのかについて、二つほど事例を挙げてお話してみたいと思います。
古神道では女性が祭司を務めていて、その背景には、古神道は蛇信仰であり、蛇は性を象徴していることや、現人神信仰では神の顕現には性交・妊娠・出産といった性的な儀式が必要で、出産できるのは女性だけ、だから祭司は女性が務めるものという考えがありました。
それが神道になって男性が祭司を担うようになるわけですが、そのとき大きな変化が起こりました。それは、性的な神事が食事を中心とした神事に変化したことです。

古事記解説第44回で私は、性交は下の口で相手を食べること、食事は上の口で食べること、よって性と食事は反転関係にあるとお話しました。古神道と神道を比較するとき、この反転関係を理解する必要があり、古神道の継承は反転を伴って起こります。
古神道から神道への変化は、祭司の性別が反転しただけでなく、神事のあり方も反転させました。女性祭司の場合、神との交合は下の口(女性器)によって行われますが、男性祭司の場合、男性は妊娠・出産することはできないので、神との交合は上の口を用いた神事、つまり食事を介した神事に反転しました。天皇の代替わりのときに行われる大嘗祭でも、食事を通して天皇は神々と一つになりますよね。
神道において食事を重視していることは、その土台を蛇信仰の性の儀式が支えているということであり、この点から神道は古神道を継承していると言えます。

また、講座第8回でお話したように、古神道は蛇の脱皮を模した「身を削ぐ」儀式を通して新生を図っていて、産屋での出産をスタートに、年中行事を通して命の更新が行われました。
それが神道になると、「身を削ぐ」儀式は「禊」という穢れを落とすことを目的としたものへ変わりました。「禊」は「身を削ぐ」こと、つまり蛇の脱皮からきた言葉なので、この点からも神道は古神道を継承していると言えます。

以上が、神道が古神道をどう継承しているのかについてのお話でした。他にも継承されていることはあるので、それは追々お話していければいいなと思っています。
最後に
今日は神道について、大まかな内容をお話させていただきました。古神道も神道も、これまでは言語化できない、未知の信仰、それゆえに神聖なものという考えがあったと思いますが、実はそのどちらもある程度言語化は可能で、とくに神道は陰陽五行思想をもって論理的に説明することができます。
言語化しないほうが神秘的で好きだという方もいらっしゃるかもしれませんが、日本人同士の内々の関係であればそれで問題ありませんが、外国に対して説明する術を持っていないと、意味のわからない信仰というレッテルを貼られるだけでなく、「天皇なんていらないだろ」ということにもなりかねません。現に、天皇が男系男子である根拠を明確に説明できない時点で、私たちは自分たちを守る力を持っていないと言えます。
私たちの信仰はしっかりと言語化していくことが大切です。それが日本を守り、私たちの精神性、アイデンティティを守ることに繋がるからです。次回から神道の基盤である陰陽五行思想についてお話しし、しっかりと神道を言語化していきたいと思います。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

