本日の講座内容
本日のテーマ
皆さんこんにちは、natanです。今回からこの講座では、古事記の読解力をアップさせるために、古代日本人の信仰について解説していきたいと思います。古代日本人はどのような宇宙観や死生観を持っていたのか、神と人間の関係はどのようなものだったのか、などを私と一緒に学んでいきましょう。
先生のご紹介
まずはじめに、古代日本人の信仰について私にたくさんのことを教えてくれた民俗学の先生からご紹介します。その方は、吉野裕子先生です。
吉野先生は沖縄に残る古代信仰を研究された方で、それをきっかけに古神道、神道、陰陽五行思想、易経などの知識をもって、謎に包まれていた古代日本の信仰、奇祭、風習などを解明されました。また、民俗学といえば柳田國男や折口信夫など男性の活躍が目立ちますが、男性中心の民俗学の中で女性の視点から日本の古代信仰解明に挑んだ方が吉野先生です。
先生は2008年に亡くなられていますが、先生の書籍は『吉野裕子全集』として全12巻にまとめられています。今回、先生の知恵を拝借しながら、古事記の読み解きに必要な部分を私なりの言葉でお伝えしていきたいと思います。

現人神信仰について
現人神信仰とは?
さて、古代日本人の信仰をお話する上で欠かせないものの一つに「現人神信仰」というものがあります。現人神信仰とは何かというと、一般的な説明では、「神が人間の姿をとってこの世に現れたとする信仰、および生身の人間を神として崇める生き神信仰のこと」だと言われています。
なぜこのような信仰が生まれたのかというと、吉野先生いわく、「そこには古代日本人の特殊な死生観が関係しているから」だと言います。その死生観は沖縄に残っているので、沖縄を例に挙げてお話しますね。
沖縄の古代信仰
沖縄に残る古代信仰は、太陽が東から昇って西へ沈む動きに合わせた素朴なもので、人間の死生観も東西軸で考えられていました。

まず、沖縄では東を「あがり」と呼び、その方向に「ニライカナイ」と呼ばれる神の国、または常世の国があって、命や一切のものの種はそのニライカナイからやってくると考えられていました。ニライカナイを出発した生命の種は長い旅路の果てに男性の中に蓄えられ、男女がまぐあい、女性が妊娠することで根づき、出産によって新しい命となって誕生します。
その後、生まれた人間は人生を歩む中で徐々に西(沖縄ではこれを「いり」と言う)へ向かい、寿命が尽きるとき西へ死んでいきます。これは、太陽が東で生まれ西へ死んでいくことと同様の死生観です。
この死生観を神と人間の関係で見てみると、神の世界と人間の世界は母胎を媒介にしてそれぞれが存在している形になります。

現人神信仰の正しい理解
この死生観を前提に現人神信仰を見ていくと、この信仰は「神が人間の姿をとってこの世に現れる」という点が重要なのではなく、「人間が性によって生まれるならば、神も同じく性によってこの世に顕現する」という点が最も重要だということになります。神が人間(特に子ども)の姿をとってこの世に現れるのは、神が「み生れ」した結果だからです。
古代において、人間が子孫を増やし、永続的で文化的・健康的な生活を送っていくためには神の力が必要でした。古代人は要所要所で神を人間界に招いては神秘の力を享受してきました。その際、神も人間同様「性」によって顕現するため、必然的に神事は性的な色合いを持つようになりました。
神女について
沖縄において神事を行っていたのは「神女」と呼ばれる女性たちです。なぜ女性が神事を担っていたかというと、神をこの世に顕現させるためには、赤子の誕生と同じく、性交、妊娠、出産を模した儀式を行う必要があったからです。

まず、神女たちは「御嶽」と呼ばれる洞穴がある聖なる場所へ向かいます。その場所が神にとっての母胎になるからです。本土においてそれは神社が該当します。神女はその場所で神と交合し、自らが神の胎児となって一定期間のこもりを経験した後、神となって出生し、人々に神聖な力を与えます。神女は一人三役を担います。

そして、神はその役目を終えたら、また母胎を通って神の世界へ帰っていきます。その様子を見た古代人は人間の死についても、「死は神の世界に新しく生まれ出ること。ニライカナイへ帰ること」だと考えました。神道でも「人は死んだら神になる」と言われているのはこのためです。
お墓が持つ意味とは?
また、神が人間界から去るとき母胎を通るならば、死者も神の世界に新生するためには母胎が必要だということになります。とは言っても、再び母親の子宮に戻ることはできないので、人工母胎として作られたのがお墓です。
死者を大地に埋葬すること、洞穴に遺骨を収めること、古墳を作って埋葬すること、それらはすべて死者を墓という人工母胎に戻すことで神の世界へ送り出そうとする行為です。死者が足を曲げて屈折した状態で埋葬されるのは、胎児を模しているからです。

以上のように、死は神の国に新しく生まれ出ることなので、赤ちゃんがこの世に誕生したとき人々は喜んだように、大切な人が死んだときも人々は、歌ったり踊ったりお酒を飲んだりと、歓喜しながら死者を送り出したそうです。しかし吉野先生いわく、「それは演技のようなもので、悲しみは悲しみとしてあった」とおっしゃっていて、古代人の辛さが少し垣間見れて私は複雑な気持ちになりました。
母胎と三角形の関係について
さて、ここからは神の世界と人間の世界を繋ぐ母胎について掘り下げていきたいと思います。
吉野先生いわく、「神や人が生まれるときも死ぬときも、ある形が重要な役割を果たす」と言います。その形は何かというと、三角形または三角錐です。

沖縄の御嶽には自然が形成した穴があり、とくにその形が三角形をしたものが神聖視されています。また、死者が死装束を着たときも額に三角巾を付けたり、お正月が終わって年神様を送り出すとき行うどんど焼きも、そのやぐらの形は三角です。なぜいろんな場面で三角形が登場するのかというと、先生はその形が女陰を象徴するからだと言います。

「女陰は三角形」というのが先生のお考えで、神や人が生まれる時も死ぬ時も女陰という穴を通るため、女陰を象った三角形が神聖視されたと言います。ただ私にはどうしても女陰が三角形に見えなくて(笑)
女陰の他に、たとえばその三角は子宮の形だったり、妊婦さんの山型のお腹と捉えることもできるのではと思います。ですから、三角形や三角錐は性的なものを象徴した形という、抽象度高めな捉え方が良いのではないかなと思います。

この三角という形は、現代でも大いにその不思議な力を発揮しています。私は心霊系のYouTubeを見るのが大好きで、いろんなチャンネルを見ているのですが。その中でよく耳にするのが、三角形をした家もしくは部屋があると幽霊が出やすくなるというもの。じつは、この話は一理あるなと私は思っているんです。
というのも、三角形の空間はさっきもお話したように、神界と人間界、つまりあの世とこの世を繋ぐ子宮的機能を果たすからです。そういう空間があると霊道が開いてしまい、死者がこの世に顕現してしまうという可能性は大いに考えられます。
三叉路なんかも幽霊がよく出るという怪談話があり、それも三叉路特有の三角形が関係しているからではないかなと思います。ですから、三角形の場所や空間、建物には十分お気をつけください(笑)

まとめ&補足
というわけで、ここからは今日の話をまとめつつ、補足もしていきたいと思います。
古代日本人は東西軸で世界を捉えていて、それは太陽の運行に合わせたものでした。太陽は東から昇り西へ沈んでいくため、人も東から生まれ西へ死んでいくと考えられました。東がニライカナイと呼ばれる生の方向(過去)、西が死の方向(未来)になります。
また古代人は、神も人間も共に性を通して母胎からこの世に顕現し、死ぬときも母胎を通るという現人神信仰を持っていました。神界と人間界を繋ぐ中間領域が母胎で、沖縄では御嶽、本土では神社がそれに該当します。

ところで、この現人神信仰は古事記にも描かれていて、アマテラスが天石屋戸に隠れたシーンがそれに該当します。なぜあのシーンで彼女は天石屋戸に隠れたかというと、天石屋戸は超自然的な母胎を象徴し、そこに太陽神が隠れることは太陽の死を意味するからです。そして、なんやかんやあってアマテラスがそこを出たとき太陽が新生し、まばゆい光を放ったこの話は、じつは現人神信仰を描いたものだったんです。
さて話を戻しますと、人間が生まれるときは母親の子宮を通りますが、反対に死んだときはお墓が人工母胎としてその機能を果たします。「神も人も性によって顕現する」という考えがあるため、神事には必然的に性的な要素が含まれ、また、妊娠、出産が関わってくるため、神事は女性たちが担いました。
さらに、女陰や子宮を象徴するのが三角形や三角錐で、洞窟や山は自然が作り出した三角錐なので、そこが神にとっての母胎と考えられました。また、三角形を人工的に作ることで神をこの世に呼んだり、あちらの世界に送り出したりできるため、日本のお祭りでは今でもこの形がいろんな場面で登場しています。

というわけで、今日は沖縄の古代信仰を参考に、現人神信仰についてお話しました。次回もこんな感じで、古事記の読解力を上げる知識をお伝えしていきたいと思います。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!
