本日のトーク内容
はじめに
皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。
今日はヲロチ退治の後半部分を取り上げ、解説していきたいと思います。
原文/読み下し文/現代語訳

尒速須佐之男命 拔其所御佩之十拳劒 切散其蛇者 肥河變血而流故切其中尾時 御刀之刃毀 尒思怪以御刀之前 刺割而見者 在都牟刈之大刀 故取此大刀 思異物而白上於天照大御神也 是者草那藝之大刀也
尒して速すさの男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その蛇を切り散りたまひしかば、肥河血になりて流れき。故その中尾を切りたまひし時、御刀の刃毀けき。尒して怪しと思ほして、御刀の前もちて刺し割きて見たまへば、都牟刈の大刀ありき。故この大刀を取りて、異しき物と思ほして、天照大御神に白し上げたまひき。こは草なぎの大刀なり。

須佐の男命は腰にはいた十拳剣を抜いて、大蛇を切り散らしたところ、河が血になって流れた。そして真ん中の尾を切った時、刀の刃が欠けた。それを不思議に思った須佐の男命が刀の先で尾を割いて中を見てみると、都牟刈の大刀があった。その大刀を取り出してみたものの、何の太刀かわからなかったので、天照大御神に事情を説明して献上した。これが草なぎの大刀である。
今日取り上げるシーンはここまでです。早速解説をはじめましょう。
解説
前回のおさらい
まずは前回のおさらいから。これまでヲロチは凶暴な怪物として認識されてきましたが、ここまでの考察からヲロチは神聖な存在であり、スサノヲたちにとって大切なお客様であることがわかりました。
そして、スサノヲは女装をして宴を盛り上げ、ヲロチは楽しいひと時を過ごし、泥酔して寝入ったところをスサノヲによって殺され、ヲロチは供養または浄化されたというお話をしました。
血の川について
今回はその続きになります。スサノヲはヲロチの身体を細かく切り、それによって血の川ができました。
この場面は火の神カグツチ殺害シーンと対応しているので、その場面を見てみると、カグツチの遺体からたくさんの山の神が誕生していました。ということは、今回もヲロチの遺体から山に関係したものが生まれ、かつ、川の名前が「肥河」で、「肥」は「肥料」や「肥沃」などと使われるので、ヲロチの血は新しい命の肥やしになる可能性が考えられます。

都牟刈の太刀とは?
さて、スサノヲがヲロチの真ん中の尾を切ったとき太刀が出てきました。この太刀は「都牟刈の太刀」と言われていて、「都牟刈」は用途のことを指していると思われます。古事記解説書では「都牟刈の意味は不明」とのことだったのですが、私としては、音の印象から何かを「摘む」または「刈る」、そういったことに用いる太刀かなと思いました。
草なぎの太刀について
この太刀の正式名称は草なぎの太刀で、この「なぎ」という言葉が過去にも何度か出ていたので、該当する場面を見てみたところ、ある共通点を発見しました。
「なぎ」の名をもつ神々は、イザナキとイザナミの神生みやイザナキの川での禊シーンに出てくるのですが、その神々に共通することは水に関わっていることでした。「なぎ」が水に関係しているなら、もしかしたら草なぎとは「水草」のことかもしれないなと私は思いました。

草なぎの太刀が意味すること
草なぎの太刀の謎
そこから私は、この太刀が何かを「摘む」または「刈る」都牟刈の太刀であること。草なぎは水草の可能性があること。そしてこの太刀はアマテラスに献上されること。また今後の展開として、スサノヲとクシナダヒメは結婚して子どもを生むこと。これらが神話特有の隠喩表現だとすれば一体何を表しているかを考えてみたところ、驚きの答えが出てきました。
処女喪失と陰毛について
それは、処女喪失です。神話の世界では「花を摘む」は処女喪失を意味するからです。また、草なぎ(水草)も隠喩で、それが意味することは、なんと、陰毛。縮れた陰毛が密集する様子が、川の流れにサラサラ揺れる水草に似ているからです。
私がこれを思いついたとき、「まさかな。そんなはずはないか」とは思ったのですが、「いや、でも古代には陰毛を水草に見立てるような、そんな表現があったかもしれないし」なんて思い、「水草」「陰毛」で検索してみたところ、古代ではなく、なんと村上春樹さんがそのように表現していてビックリ!
村上さんは『風の歌を聴け』で「下腹部には細い陰毛が洪水の後の小川の水草のように気持よくはえ揃っている」と表現していて、「まさにこれは暴れ川ヲロチを退治した後の風景そのものじゃないか!」と思ってビックリしました。

陰毛の民俗学
それで面白くなってきて、さらに陰毛について調べていったら、ある番組で陰毛説の裏付けを得ることができました。それはNHKの「はなしちゃお!~性と生の学問~」という番組の陰毛を特集した回です。
その番組は陰毛を民俗学の視点から紐解くというもので、陰毛の扱い方は国や宗教によってさまざまだそうです。
たとえば、古代エジプトでは神につかえる神官は陰毛を含むすべての毛を剃ることが求められたとのこと。またイスラム教では、清潔な状態を維持するために、陰毛とわき毛は1週間に1回、最低でも15日に1回は除去しなければならず、40日以上ほっておくのはダメとのこと。

このように陰毛を不必要、不潔なものとするところがある一方、陰毛を大切にする国もあり、それが日本なんだとか。関西学院大学教授の島村恭則さんによると、日本人は古来より陰毛にたいへんな価値を見出してきたそうで、特に女性の陰毛にはすごいパワーがあると信じられてきたと言います。
陰毛について現存する最古の記述は、平安時代の歴史書『扶桑略記』にあり、奈良の由緒正しい寺に女性の陰毛が宝物として納められていると記されているそうです。こうした毛の宝物は「七難の揃毛」と呼ばれ、様々なご利益があるのだそう。
特に陰毛をお守りとして持ち歩くことが好まれたそうで、たとえば漁師が海に出るとき妻や姉妹の陰毛を持っていくと無事に帰ってこられる、という言い伝えが各地にあったそうです。

そんな陰毛を熱心に研究した人がいて、それが博物学者、民俗学者の南方熊楠です。彼は自らを「陰毛大博士」と呼び、国内外の文献を調べ上げ、陰毛の収集にも取り組んでいたのだそう。
そんな南方は民俗学者の柳田國男とも親交があり、柳田に陰毛についての教えを請うたとき、柳田は「いにしえの時代に、巫女が陰部を露出してまじないを行った例があるようだ」と教えたとのこと。皆さん、これってアメウズメのことじゃないですか?

このような情報を通して私は、草なぎの太刀の登場は、陰毛が生え揃うことを暗示していると確信しました。そして、その先に処女喪失があることも。であるならば、草なぎの太刀は陰毛を切るための専用の道具という感じでしょうか?皆さんはどう考えますか?
ヲロチ神話に描かれる二つの性愛物語
さて、ここまで陰毛について深堀ってきたわけですが、でもなぜヲロチ神話に陰毛や処女喪失といった話が出てくるのでしょうか?そのわけは、草なぎの太刀登場をきっかけにして性愛に関する二つの話が始まったからだと私は考えました。それは文化と自然に関する話で、文化側はアマテラスの第二の通過儀礼、自然側は産卵床の誕生です。
(文化)アマテラスの第二の通過儀礼
通過儀礼(イニシエーション)について
文化から見ていくと、ヲロチ神話はこれまで凶暴な怪物を倒す物語として認識されてきましたが、陰毛、処女喪失から言えることは、この話は女性の心身の成長物語でもあるということです。それは誰の成長かというとアマテラスです。
ヲロチ神話は高天原から遠く離れた出雲の地が舞台になっているので、女性の成長と言えば対象者はクシナダヒメと言いたくなるのですが、じつはまだアマテラス関連の話は続いています。その根拠の一つは、ヲロチはアマテラスが感じた大人になることへの不安や恐怖を具象化した存在だからです。

そもそもなぜ大人になることが怖いのかというと、通過儀礼(イニシエーション)を経験しなければならないからです。通過儀礼とは、人生の節目に行われる儀礼のことで、古代または無文字民族にとっては共同体の一員として認めてもらうための大切な儀式です。たとえば入れ墨をしたり、前歯を抜いたり、高いところからバンジージャンプしたりと、身体的恐怖を伴う儀礼に耐えることで晴れて成員として認められます。
古事記においても高天原でアマテラスに初潮がきましたが、それもスサノヲ経由で強制的に体験させられた出来事でした。それは痛くてたいへん怖い体験だったから、アマテラスは天石屋戸に引きこもったんです。これがアマテラスが経験した大人になるための通過儀礼で、そのとき生じた負の感情がヲロチだと私は考えています。
そのヲロチをスサノヲが退治(と言いますか浄化)したことで、アマテラスは心身ともに清々しい気持ちで大人の階段を登り始めたわけですが、通過儀礼はこれで終わりではなかったんです。第二の通過儀礼があり、それが陰毛の出現と処女喪失です。
水揚げと筆下ろしの風習
しかし、なぜ陰毛の出現と処女喪失が第二の通過儀礼に該当するのでしょうか?じつは民俗学者の赤松啓介さんの情報によると、一昔前までは今では想像もつかない風習があったそうなんです。
赤松さんの書籍『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』を参考にすると、「昔の日本人は娘に初潮が来たら、もしくは初潮はなくても陰毛が生え揃ったら、水揚げをしていた」と書かれていました。
水揚げとは処女を卒業することを意味しますが、古来より日本は、恋人ができたらとか結婚したら処女を卒業するというのではなく、大人になるための通過儀礼として女子は水揚げ、男子は筆下ろしを村公認、親公認で行っていたそうです。
それを行うタイミングは村ごとに異なったようで、女の子の場合大体は初潮がきたら行っていたそうです。ですから、陰毛の出現と処女喪失は第二の通過儀礼と言えるんですね。

アマテラスと分身の関係について
ですが、ここでまたもう一つ大きな疑問が湧いてきます。ヲロチ神話において実際に処女を失うのはアマテラスではなくクシナダヒメです。これはどう解釈できるかというと、たぶんクシナダヒメはアマテラスの分身なのだと思います。
高天原でも陰に梭が刺さって死んだ機織り娘がいましたが、その子もアマテラスの分身でした。だから彼女経由でアマテラスに初潮がきたことがわかったわけですが、それと同じく、今度はクシナダヒメを介してアマテラスが処女を卒業するのだと思います。
そして、機織り娘もクシナダヒメも共に幼女でしたが、そのわけもアマテラスの幼児性を反映したのが彼女たちだからだと思います。その幼女たちを介してアマテラスは成長していくわけですが、どうやら精神的成長はアマテラスが担当し、肉体的成長は分身が担当しているみたいです。
だから、陰毛の出現や処女喪失がクシナダヒメを通して描かれるということは、それをアマテラスの第二の通過儀礼と考えることができるというわけです。

そして、この第二の通過儀礼を象徴したアイテムが草なぎの太刀で、その儀礼がこれから行われるという報告がアマテラスへの草なぎの太刀の献上という形になっているのではないかなと私は思いました。
スサノヲが草なぎの太刀を知らない理由
この太刀の存在をスサノヲは知らなかったようですが、「それはそうだろうな」というのが私の感想です。なぜなら、高天原でのアマテラスの第一の通過儀礼にスサノヲは自覚なく参加していたからです。
古事記は過去のパターンを未来でも繰りかえす特徴を持つので、第二の通過儀礼も彼は自覚なく参加しているはずです。だから、それを象徴する草なぎの太刀も彼は知らないのだと私は思います。
(自然)産卵床の誕生
さて、今度は自然の産卵床誕生について見ていきます。文化側の話が長くなってしまったので、ここは手短にお話します。
暴れ川であるヲロチを退治することは、言い換えれば、茶色く濁った川がきれいに澄んだ川(清流)になるということでもあります。
川がきれいだと水草が生えます。この水草は川に棲むものたちにとっての産卵床(卵を産みつける場所)になるので、やはり肥河の「肥」は命の肥やし、または命が増えていくことも意味していそうだなと思います。

まとめ
それでは今日のまとめです。草なぎの太刀の登場によって起こった変化を、自然、身体、文化の3つの側面からまとめてみました。
まず、ヲロチ退治は暴れ川を清流に変えたということであり、草なぎの太刀の登場は、自然界においてはその清流に水草が出現したことを意味していると思われます。
その水草は陰毛の隠喩になることから、自然界における水草の出現は、身体においては女の子に陰毛が生えたことを意味していると考えます。また、クシナダヒメはスサノヲと結婚し、性交そして出産しますが、それは自然側では水草が作り出す産卵床の誕生を示唆していると考えます。産卵床は水生生物のオスとメスが交尾をする場所だからです。
最後に文化において、陰毛の出現は女性の霊的パワーの顕在化を意味し(陰毛はお守りになるから)、クシナダヒメの結婚、性交、出産は通過儀礼としての水揚げ(処女喪失)を意味している。
このように、草なぎの太刀の登場によって自然と文化の両方で性愛に関する話が始まったというのが今回の結論になります。

出雲の鳥髪の真相
ところで、このように全体をまとめたとき、私はこの神話の舞台である出雲の鳥髪は複数あると考えました。私はこれまで出雲の鳥髪は、「出づる雲」ということで、空に近い場所のことだとお伝えしてきましたが、この度別種の出雲の鳥髪があることがわかったからです。それは身体における出雲の鳥髪です。
自然界における出雲の鳥髪は、雲が出やすい山の頂上付近や渓谷のことを指しているのですが、今回の考察で見えてきたのは、身体にも出雲の鳥髪があって、そこがどうやら性器らしいのです。もっと言えば、それは女性器で、かつ陰毛が生える外性器の部分です。
これは自然界と身体は構造が反転していることを明確に示したものだと私は思いました。高天原の天石屋戸でもお話しましたが、植物の花と女性の生殖器は反転関係にあり、アリストテレスの言葉を借りれば「植物は逆立ちした人間」だからです。

そして今回、山と女性の外性器が反転関係にあることがわかりました。そのような結論に至ったとき、昔からある摩訶不思議な言い伝えに合点がいきました。
昔の言い伝えで、山で遭難したり怖い目にあったりしたら、山は女の神様だから男の人はおチンチンを出せばいい。神様を喜ばせれば難を逃れられるという謎の言い伝えがあります。
私としては今回の考察を通して、山は外性器でもあるので、人間も山で自分の性器を出せば、山の神様が人間を侵入者ではなく仲間と認識するから難を逃れられるのではないかなと思いました。理由はともかく、昔の人は山と身体の関係を知っていたということでしょうね。
おわりに
というわけで、今日は草なぎの太刀についてお話してみました。私自身、草なぎの太刀が水草から陰毛に発展するなんて思ってもいなかったので、「これぞ新解釈!」という感じですごく楽しい考察でした。
次回はスサノヲによるお宮の創建についてお話したいと思います。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!



