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【ろじろじラジオ】第27回放送★人間意識は霊的胎児~無意識の顕在化を目指す前に必要なこととは?~

霊的胎児アイキャッチYoutube
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

このページでは、私が運営しているYoutube「ろじろじラジオチャンネル」第27回放送時のトーク内容全文をご紹介します。

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本日のトーク内容

以下の内容は、原文を加筆修正しています。

さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

今回から無意識についてのお話をしていきたいと思います。

無意識には階層性や成熟のレベルがあり、それらを明確にしていかないと正しい意識進化の方向性が掴めないと私は考えています。今回は、ヌーソロジーがいう無意識の顕在化について、「私はこういうイメージで捉えているよ」ということをお話してみたいと思います。

無意識の顕在化とは

atom

ヌーソロジーは素粒子のことを「人間の無意識構造を形作る高次の空間」だと言います。現代科学において素粒子は、物質を構成する最小単位だと捉えていますが、ヌーソロジーは素粒子を物質としては捉えません。

素粒子は空間であり、その空間は私たちの無意識が存在している空間であると言います。この無意識の空間を知覚化していくことを「無意識の顕在化」と呼ぶんですね。

私はしばらくの間、この無意識の顕在化は個人的な無意識を知覚していくことだと思っていました。でも、それはちょっと違うということもわかってきました。ヌーソロジーがいう「素粒子は人間の無意識構造を形作る高次の空間」という言葉の意味は、「私個人の無意識」というよりは、私たち人類の深層心理、そしてそのさらに奥に広がっている世界のことを指しているのだろうと思いました。

無意識の階層性について

無意識の話をするときは、ユング心理学が参考になります。ユングは意識を大きく三つの階層に分けています。

無意識の階層性

トップに自我がいて、その下には顕在意識の層があります。私たちはこの意識によって世界を捉えています。その顕在意識の下には個人的無意識があり、さらにその奥には普遍的無意識があります。

個人的無意識と普遍的無意識の間には、家族的無意識や文化的無意識の層があるのですが、話が煩雑になるのでそこには触れずにいきます。

普遍的無意識というのは、個人的に獲得された無意識とは違い、生まれながら人間に備わっているもので、人類一般に普遍的なものを指し、それは「集合的無意識」とも言い換えることができます。そしてヌーソロジーがいう「無意識の顕在化」というのは、個人的無意識の顕在化ではなく、この普遍的無意識の方向に出ていくことだと私は考えました。その先に本当の外部宇宙もあるのだと思います。

霊的出産について

胎児

個人的無意識ももちろんヌーソロジーでいう素粒子空間に位置するものだとは思うのですが、上記図を見てわかるように、それは無意識層の先端です。その先端というのは、ウロボロスの蛇で見ると、蛇が自分の尻尾を呑み込んでいる部分、それは高次元と低次元がちょうど重なっている部分のことで、ヌーソロジーが進化の方向性として取り上げている無意識階層とはちょっと質が違うと考えます。

どのように質が違うのか、わかりやすく言うと、それは私たち人間の意識はまだ霊的な母親の母胎、子宮の中にいるということです。そしてヌーソロジーが目指す素粒子空間への進出というのは、その霊的子宮から私たちの意識が生まれることだと考えます。

ヌーソロジーは2013年という年を重視してきました。2013年というのは、この話の流れで言えば、霊的子宮の子宮口が開きはじめて、霊的出産の段階に入った時期として考えることができると思います。無意識の顕在化というのは、霊的出産が無事行われて、素粒子の空間に私たちの意識が産み落とされるということを指した言葉だと考えます。ですから、今現在の私たち人間の意識はまだまだ霊的胎児なんですよね。

この霊的胎児そして霊的出産というのは、どの視点で語るかによって、その表現が変わってきます。2013年を霊的子宮口が開いた、と表現する場合もあれば、2013年から霊的受胎が始まって、霊的な卵割が始まったという、霊的妊娠の開始というふうにも表現できます。

私の場合は、自我視点で意識進化を捉えていて、個としての意識成長とその成長による達成感というところを求めたいと思ったときに、霊的出産という表現の方が、「出産するためには何が必要か」ということがはっきりわかっていいなと思ったので、霊的胎児が出産に至る段階として語っています。

コスモ・ライフォロジーの立ち位置

cosmolifeology

私は、心理学をベースにヌーソロジー解説を行ってきました。

さらには自我意識と無意識、そして身体を介した自己と他者の双子化を図って、より良い人生を生きようという、コスモ・ライフォロジーという思想を展開させています。この私の思想や心理学をベースにヌーソロジー解説を行っていることについての意義も、今回の話をキッカケにして、改めて見ていきたいと思います。

私がやっていることは、個人的無意識を育てていると言えると思います。それはつまり、子宮の中でトツキトウカ胎児が育つように、霊的胎児である人間の意識を出産できるくらいのレベルにまで育てているということです。

妊婦

人間の出産を思い浮かべていただけるとわかりやすいのですが、トツキトウカしっかり育つことなく、未熟児で生まれてしまった場合、その子どもは生きていくことができません。もちろん人類の医療技術は格段に良くなっているため、今の時代は未熟児でも育つことができますが、でも基本的に未成熟な状態で生まれた子どもは育つことができず、生きることができません。

意識もこれと同じで、しっかり霊的出産ができるくらいに育たないと、安全な出産には至らないと考えます。私たちはどうしても「無意識さえ意識化できればそれでいいんだ」と思ってしまうところがありますが、じつはそうではありません。

霊的子宮口が開いて、みんなが一斉に霊的出産を体験できるということではなく、ちゃんと意識が育った者しか生まれ出ることが許されないのではないだろうかと私は考えます。なぜなら、未成熟で生まれたとしても、新たな世界、新たな次元に意識が対応できないからです。神秘思想家ルドルフ・シュタイナーも似たような話をしていて、「しっかり魂を育てないと、魂が流産してしまう」という、結構衝撃的な発言をしていました。

だから私がやっていることは、霊的子宮の中でしっかり出産できるくらいにまで自我意識と無意識を育てている、これをやっていたのだなということが改めてわかりました。そしてヌーソロジーが言う無意識の顕在化とは、霊的出産を無事果たしたときの新たな世界、新たな次元を知覚していくことなのだろうと思います。

ちなみに、霊的出産に至らない未成熟な意識たちはどうなるかというと、多分ユングがいう「母なるもの」「グレートマザー」の母胎内に帰っていくと思われます。「子宮回帰」と呼ばれるものです。冬に草木が枯れて、また春に芽吹いてくるように、次にくる母胎内での再生に向かうのではないかなと思います。

というわけで、今回のお話でお伝えしたかったことは、しっかり自分自身の自我意識と無意識を育てないと霊的出産に至らないかもしれない、ということです。そのためにはもっと無意識について知っていく必要があるので、次回以降も無意識についてのお話をしていきたいと思います。

このお話が、みなさんの気づきの一つになったら嬉しいです。

natan
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それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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