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古事記☆新解釈【52】ヤマタヲロチ退治①/いざ、出雲の鳥髪へ!ヲロチ神話を読み解くヒントのご紹介

ヤマタヲロチ退治①アイキャッチ 新解釈『古事記』
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本日のトーク内容

以下の内容は、放送内容を加筆修正しています。

はじめに

皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

今日からヲロチ神話の解説に入りたいと思います。最初にこの神話の構成について触れておくと、ここは大きく分けて五つのブロックで構成されています。

一つ目はスサノヲが出雲国鳥髪で老夫婦と出会う場面、二つ目はヲロチ退治に向けての準備、三つ目はヲロチ退治の実行、四つ目はスサノヲによるお宮の創建、五つ目はスサノヲとクシナダヒメの神生みです。

数としては五つですが、解説することはたくさんあるので、何話くらいで終われるか今のところまったく予想がつきません。ですが、いつもと変わりなく楽しく解説していきたいと思っていますので、皆さんも気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。それでは解説スタートです!

ヲロチ神話の構成

原文/読み下し文/現代語訳 

古事記「ヤマタヲロチ退治①-1」(原文/読み下し文/現代語訳)

故所避追而 降出雲國之肥河上 名鳥髮地 此時箸從其河流下 於是須佐之男命 以為人有其河上而 尋覔上往者 老夫與老女二人在而 童女置中泣

故避追かれやらはえて、出雲国の河上、名は鳥髪とりかみといふところくだりたまひき。この時はしその河より流れくだりき。ここにすさ須佐の男命、人その河上にありと以為おもほして、たずもとめてのぼり往きたまへば、老夫おきな老女おみなと二人ありて、童女をとめを中に置きて泣けり。

須佐の男命は(高天原から)追放されて、出雲国の肥河の上流にある鳥髪という地に天下った。そのときその河から箸が流れてきた。須佐の男命は河上に人がいると思い、訪ねて上っていくと、老父と老女がいて、その間に幼い娘を置いて泣いていた。

古事記「ヤマタヲロチ退治①-2」(原文/読み下し文/現代語訳)

尒問賜之汝等者誰 故其老夫答言 僕者國神 大山津見神之子焉 僕名謂足名椎 妻名謂手名椎 女名謂櫛名田比賣 亦問汝哭由者何 答白言 我之女者 自本在八稚女 是高志之八俣遠呂智 每年來喫 今其可來時 故泣

しかして「汝等なれどもぞ」と問ひたまひき。かれその老夫おきな答へまをししく、「は国つ神、大山津見神の子ぞ。僕が名は足名椎あしなづちひ、の名は手名椎てなづちと謂ひ、むすめの名は櫛名田比売くしなだひめと謂ふ」とまをしき。また「ゆゑは何ぞ」と問ひたまへば、答へまをししく、「我が女は、もとより八稚女やをとめありしを、この高志こし八俣をろちやまた遠呂智年毎としごとに来てくらへり。今そがべき時なり。故泣く」とまをしき。

古事記「ヤマタヲロチ退治①-3」(原文/読み下し文/現代語訳)

須佐の男命は「お前たちは何者だ」と問うと、その老父は「私は国つ神である大山津見神の子です。私の名は足名椎、妻の名は手名椎、娘の名は櫛名田比売と言います」と答えた。
また須佐の男命が「お前はなぜ泣いている」と問うと、「私の娘は元々八人おりましたが、高志の八俣大蛇が毎年来て、娘たちを食べていってしまうのです。今がその時期なので泣いています」と答えた。

今日取り上げるシーンはここまでです。今日は初回なので、この範囲を整理しながら、ヲロチ神話の全体像についてお話したいと思います。

解説

物語の舞台について

まずは物語の舞台から見ていきます。高天原を追放されたスサノヲが天下った場所は、出雲国の鳥髪という地でした。出雲と聞くと「ああ、島根県のことね」と思われる方が多いかもしれませんが、古事記における出雲は島根県のことではないんです。

出雲とは、漢字を見るとわかるように「出づる雲」と雲が出ることを指し、それは空、もしくは空に近い場所のことを指しています。しかも私が見たところ、何やら出雲は他の場所も示唆していることがわかりました。その件については追々お話していきますね。

物語の舞台について

登場人物の整理

さて、スサノヲは雲が出ている出雲の地に降り立ったわけですが、しかし、この場面をよ~く考察してみたら、現時点での出雲は霧に覆われた薄暗い世界だったということがわかりました。というのも、それは登場人物を見ていくとわかるからです。

登場人物は、主人公のスサノヲ、川の上流で出会った足名椎と手名椎夫妻、その夫婦の娘で幼女の櫛名田比売です。また、足名椎夫妻は大山津見神の子どもとのこと。

登場人物の整理

大山津見神といえば、イザナキとイザナミの神生み時代に誕生した山の神なので、その場面を振り返ってみると、最初に風の神、二番目に木の神、三番目に山の神である大山津見神、四番目に野の神が生まれています。

以前お話したように、この時代に生まれた神々は物語のシナリオとして誕生しているので、出雲の鳥髪で大山津見神の名前が出てきたということは、左の神生みが今回の場面のシナリオになっているということです。だから、ここを参照すると設定の大枠が見えてくるんですね。

神生みを元に人物を整理していくと、足名椎と手名椎は大山津見神の子であると同時に、「椎」繋がりで野の神である野椎神とも深い関わりを持っていることがわかります。しかも、足名椎夫妻の子どもが姫、野の神、鹿屋野比売神も姫なので、両者にも何か接点がありそうです。

大山津見神について

さて、この大山津見神と野椎神はその後、力を合わせて狭土さづち神や狭霧さぎり神、闇戸くらど神や大戸惑子おほとまとひこ神などを誕生させていきます。この神々は、山の谷間などに霧が立ち込めて周囲が暗くなっていることを意味していると思われます。

これら神々も物語のシナリオ的存在なので、ここが今の出雲の状況ということになります。つまり、出雲の鳥髪は霧に覆われた薄暗い世界だということ。

だからスサノヲは、霧に覆われて薄暗く、前後感覚もなく、距離感もつかめない、そんな出雲の鳥髪に赴いて足名椎たちと出会ったということになります。なんだか意外ですよね。出雲がそういう世界だなんて。地名と全然違います。

出雲鳥髪の現状

距離①/出雲について

この世界が後に「八雲立つ~」と歌われるように、「これぞ雲出づる国、出雲」に生まれ変わるわけですが、でもなぜそうなるかというと、もちろんヲロチを倒すからそうなるわけですが、もっと本質的な話をすると、この物語に「距離」が深く関係しているからです。

私たちがモノを正しく認識するためには、モノと適切な距離をとる必要があります。モノとの距離が近すぎると全体像が把握できないからです。それと同様に、出雲が霧で覆われている理由も、スサノヲたちが雲の中にいるからそう見えているんですね。

モノの認識について

視界をハッキリさせるためには、雲(霧)の外に出なければなりません。そうすれば「雲出づる」と言われるような本来の出雲が目の前に広がります。じつは、そのことを出雲の風景は暗喩的に語っているんです。

それは雲との距離が近い世界(霧に覆われた世界)からはじまり、最後は雲との距離が遠い世界、「ああ、八雲立つ、これぞ出雲」と雲を遠くから眺めて終わる。ここから距離の伸長を読み取ることができるんです。

出雲の風景から読み取れること

距離②/高天原について

この距離の伸長は高天原から続いている展開でもあります。高天原でスサノヲが大暴れをして、それにショックを受けたアマテラスが天石屋戸に隠れてしまい、日食が起こってしまった事件がありました。

日食は月が太陽を隠してしまう現象ですが、古事記はその天体同士の重なりを「接近(距離が近い)」と捉えていました。そして、なんやかんやあって無事アマテラスが外に出てくると、太陽と月に適切な距離が生まれて、かつお互いが交互に出現する一日という単位が生まれました(詳細は古事記解説第51回をご視聴ください)。

この高天原における太陽と月の関係が「近い距離」から「適切な距離」へ移行したことが、出雲でも再度繰り返されているんです。

高天原から続く距離の伸長話

ヲロチ神話読解のポイント

ですからヲロチ神話は、表面的にはスサノヲが足名椎たちを助ける話という風に読めるのですが、構造的には空間の距離が伸長する話になっているんです。

よくよく考えると、スサノヲ自身も高天原を追い出されていて、それは遠い世界に追いやられたということなので、じつはいろんなところに距離の伸長が描かれているということがわかります。

そして、この「距離の伸長」がこの物語を読み解くヒントになっているので、これをしっかり押さえておくことで話の内容を正しく理解することができます。

ヲロチ神話読解のポイント

箸について

さて、この物語に「距離の伸長」が関わっていることがわかると、今回登場した謎の道具が意味することも何となく見えてきます。それは、川の上流から流れてきた箸です。

箸はスサノヲに足名椎たちの存在を教えてくれましたが、でもなぜ箸が川を流れているのでしょうか?これについて一般的な解釈では、「箸を流す古来の風習が描かれている」と言われています。しかし私の解釈では、箸も出雲の風景同様、距離に関連したものとして登場していると考えています。というのも、これは当たり前の話ですが、箸は自分と食べ物の間を仲介するからです。

その箸を流した足名椎たちも後にスサノヲを助太刀(仲介)するので、箸は「この物語には仲介や助太刀が重要な役割を果たすよ」ということを伝えるために登場しているのではないかなと思います。そして、その仲介や助太刀は川に対して行われるから、箸が川を流れているのだと思われます。

箸について

この箸は、今挙げた以外にもいろんな意味をもって登場しているので、それも追々お話していきますね。以上、ここまでがヲロチ神話の全体像に関するお話でした。

参照すべき過去の場面のご紹介

ここからは今日最後のお話として、これからヲロチ神話を解読していくにあたり、参照すべき過去の場面をご紹介して今日の解説を終えたいと思います。

古事記は過去の出来事を土台にしながら新しい話を展開させていくので、バックボーンになっている場面を参照することで解読のヒントを得ることができます。

まず一つ目は、今回の舞台は出雲の鳥髪ですが、古事記において出雲という地名は過去に一度出てきています。それは黄泉国です。黄泉国でイザナキとイザナミが岩を挟んで別れを告げた場所が出雲の伊賦夜坂という所です。今回も坂を上るようにスサノヲが川を遡っているのはとても興味深いです。

また、イザナミは黄泉国で食事をしていて、今回も食事の道具としての箸が出てきていて、合致する部分が複数あるので、黄泉国が参照場面ということになります。

参照すべき場面

その他、足名椎夫妻がヲロチに娘を食べられてしまうと嘆き悲しむ場面は、イザナキが妻を失って大号泣している場面を参照できます。娘が食べられてしまうことは、娘の死を意味するからです。

また、スサノヲによるヲロチ退治は、イザナキによる火の神カグツチ殺害と対応し、ヲロチとの戦いは川が舞台になっているので、イザナキの禊(その後のスサノヲとのやり取りも含む)と高天原(特にうけい)の場面も参照できます。

参照すべき場面(その他)

以上のことからヲロチ神話は、イザナミの死、火の神カグツチ殺害、黄泉国、イザナキの禊、高天原、計五つの場面が対応しているので、今後の解説もこれらを参照しながらお話していきたいと思います。

natan
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それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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