本日のトーク内容
はじめに
皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。
今日はヲロチ神話の総括後編として、この神話を深層心理学の観点から見たとき見えてくる、神々の成長物語についてお話したいと思います。
前回のおさらい
まずは前回の内容をおさらいします。前回は、ヲロチとスサノヲの特徴を対比させながら、これまで解説してきたことを図で整理しました。そこで明確になったのが、ヲロチとスサノヲは似た者同士だということ。また両者の特徴から派生して自然界と文化界にさまざまなものが誕生し、かつ文化側の最後に女性の身体に関するものが誕生していました。

今日のテーマ
その身体からさらに派生するものがあって、それが今日のテーマである精神的成長です。第57回解説時、ヲロチ神話はアマテラスの第二の通過儀礼を描いているとお話しましたが、この話は女性に限らず、男女が共に獲得しなければならない、とある力についても語られていることがわかりました。それは何かというと、草なぎの太刀に象徴される男性性の力です。

深層心理学について
少し遠回りな話から始めますが、ユング心理学の河合隼雄先生をはじめ、深層心理学に精通する先生方いわく、ヲロチは無意識の惰性を象徴したものだと言います。
そもそも深層心理学とは何かと言うと、人間の意識の下に存在する無意識の心の働きが行動や感情に大きな影響を与えているという考え方に基づいた学問です。深層心理学は普段自覚できない無意識の領域を重視し、その見えない心の働きは神々の活動から生じたものであり、それを物語風に描いたものが神話だと言われています。
心理学者のフロイトやユングは、神話を参考に心の構造やその働きを研究していきました。日本でも古事記や昔話を参考に日本人の深層心理が研究されています。私もアマチュアではありますが、本来の専門は深層心理学で、その一環で古事記の解読を進めています。
そして河合先生が言うには、先ほども言ったように、ヲロチは無意識の惰性を象徴したもので、この無意識の惰性とは一体何かというと、私なりの言葉で言えば、それは無意識領域から自分を支配する親の力のことだと言えます。

人類と自然との戦いについて
私たち一人ひとりには必ず両親がいます。それは遺伝的な繋がりを持った物理的な存在ですが、無意識の世界にも別種の親なる存在がいます。それをここではわかりやすく「内的な両親」と表現していきます。この内的な両親は人類全体の集合無意識下に普遍的に存在するもので、個々人の無意識下にも存在しています。

人間は原始の時代から「私たちはヒトという存在である」という、いわゆる人間意識を持っていたわけではありません。古事記を読んでいくとわかるように、人間も本来は自然の一部でした。その自然から切り離されたとき人間意識と文化が生まれたんですね。つまり、人類の親は自然なんです。

古代において人類が人間意識を獲得していこうとしたとき、それを阻止しようと自然(親側)の大きな力が働きました。人類を意識側に属する者とした場合、自然が無意識側に属します。
その自然は人類を無意識側に回帰させようとしました。「無にしてしまうぞ!」という感じに。その出来事は、人間個人のレベルで言えば、胎内回帰と言われるものに該当します。この胎内回帰は、母親の子宮に戻りたいと願う心理や本能的な感情のことを言います。

人類はそんな自然という親の力に抗いながら少しずつ意識を獲得してきたのですが、その人類(意識)と自然(無意識)の争いを英雄と怪物の対決として描いたものが神話になります。
古事記においてそれは、スサノヲによるオオゲツヒメ殺害と、もう一つはヲロチ退治として描かれています。この場合、オオゲツヒメとヲロチが怪物として自然側に属する親的存在、スサノヲが英雄として人類側に属する人類の代表者になります。

スサノヲの親殺しについて
母親殺し
そんなスサノヲは出雲に来る前、食物神オオゲツヒメを殺したわけですが、なぜ彼がオオゲツヒメを殺したかというと、彼女がスサノヲにご飯を食べさせようとしたとき、自分の身体の汚い部分から食事を出したからです。
なぜ彼女がそのような行動をとったかというと、オオゲツヒメはスサノヲにとって乳母的存在であり、彼女が自分の身体から出るものを彼に与えようとする行為は、人間で言えば母乳を息子に与えるようなものだからです。
スサノヲにはそのとき自立の意識が芽生えはじめていたので、彼はそれを拒絶したんです。「俺をいつまでも子ども扱いするな!」と。
深層心理学では母親からの支配を断ち切ることを「母親殺し」と言い、文字通りスサノヲはオオゲツヒメを殺しました。この「母親殺し」はとても怖い言葉に聞こえますが、これは神話的表現であり、ようはスサノヲが母親離れをしたということなので、私たちがその言葉を捉えるときは「母親からの自立」と解釈すると良いと思います。

ただ、この場面でのスサノヲは一方的に母親を拒絶しただけなので、自立するまでには至っていません。母親からの自立を堅固なものにするのが、次に起こるヲロチ退治です。
男性性の芽生え
ヲロチ退治後、その尻尾から草なぎの太刀が出てきましたが、これが何を意味するかというと、これが話の冒頭で言った男性性の力です。というのも、太刀や剣は男性の所有物なので、深層心理学ではそれを男性性の象徴として捉えるからです。

男性性は能動的な力と外側に向かうエネルギーを持ち、世界や物事を細かく切り分け、世界を認識しようとする者の意識の解像度を上げます。この力は、肉体の性別問わず、女性も持っています。
子どもがまだ母親から自立していない時期は、男女問わず、女性性の方が優位に働いているんですね。ちなみに、女性性は受動的、受容的で、内側にエネルギーが向かうので、感覚や直観が優位に働きます。

そんな子どもは年齢が上がるごとに母親以外にも世界があることを知り、母の世界から外へ出ていこうとします。そのとき母親との内的な繋がり(甘えだったり支配だったり)を男性性という太刀が切り離すんですね。
ですから、母親からの自立や無意識の惰性に打ち勝つことは、男性性の芽生え、またはその獲得によって達成されると言えます。このような心理的な成長を古事記はヲロチ退治として描いているのだと思います。

草なぎの太刀はアマテラスへ献上されましたが、それもアマテラスの中にある男性性の芽生えと解釈できるのではないかなと私は思います。また、この男性性の力が次のオオクニヌシの場面でより洗練されていくものと思われます。
内的な治水工事について
さて、ここまで深層心理学の観点からヲロチ神話が持つ意味を解説してきましたが、この話は表向きでは治水工事の起源を語っています。一見関係なさそうに見えるこの二つの話は、じつは共通の本質から派生した話なんです。
その本質は何かというと、それは水をせき止める壁です。というのも、ヲロチ退治は無意識の惰性に打ち勝つことを描いていて、それは男性性の獲得によって達成されるわけですが、これをより具体的なイメージをもって表現してみると、心理における内的な治水工事(堤防建設)によって達成されると言えるからです。

無意識の洪水
どういうことかと言うと、そもそも神話において無意識は水で表されることが多く、無意識が襲いかかってくるときは洪水という形で表現されるんですね。ですから、有名な洪水伝説は氾濫した無意識に人間意識が飲み込まれる瞬間を描いたものだと言えます。反対に、自立の意識というのはその無意識の洪水から自分自身を守る内的な壁を作ります。

たとえば、小さな子どもには幽霊が見えたり、大人が驚くような能力を発揮したりする子がいますが、そのわけは子ども時代は無意識界との距離が近いからだと私は思っています。それが年齢を重ねるごとに霊が見えなくなったり能力が封印されていくのは、無意識界と意識界の間に壁(内的な堤防)ができるからだと私は考えています。

成長段階における無意識との関係性
「幼い頃の能力が封印されてしまうなんてもったいない」なんて思われるかもしれませんが、内的な壁が作れないと無意識の大津波に飲み込まれて、私たちの自我は無意識の大海に沈んでしまうんです。実害でいえば、精神的に大人になれないということです。だから、能力の封印は健全な証だと私は考えています。
ただ、無意識はヲロチと同じく人知を超えた知恵を持っているので、無意識を完全に遮断するのではなく、治水工事のようにその流れを上手くコントロールすることが大切だと考えます。
現実世界は私たちの内的世界を写した鏡の世界です。よって、無意識をコントロールする力(その技術)は、現実世界では堤防建設として現れているのではないかなというのが私の考えです。

以上のことから、ヲロチ神話に精神的成長と治水工事という二つの話が語られている理由は、どちらも壁を作って大切なものを守ることが本質としてあるからだと私は思います。
おわりに
というわけで、以上をもちましてヲロチ神話の解説はすべて終了となります。みなさまお疲れ様でした。解説初回では「何回くらいで終了できるかわからない」とお話しましたが、計13回の解説となりました。いやはや、我ながらよくやるなと思います。
次回からオオクニヌシの話に入っていきますが、少し休暇をいただいてから再開したいと思っています。次はどんな新解釈が生まれるか、楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!



