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古事記☆新解釈【32】東西南北の成り立ち/漢字のパーツで韻を踏み、偏つぎをする古事記

東西南北の成り立ちアイキャッチ 新解釈『古事記』
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本日のトーク内容

以下の内容は、放送内容を加筆修正しています。

解説

はじめに

皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

前回は、古事記と漢字の関係性について、「農」と「辱」という漢字を取り上げながら、古事記は漢字の成り立ちを知っていて、漢字それ自体が神様だった、というお話をさせていただきました。

今回も、古事記が教えてくれる漢字の成り立ちについて、落合淳思さんの字典『漢字字形史字典』を参考にしながら、いくつか漢字をピックアップしてお話していきたいと思います。

前回のおさらい

まずは、前回のおさらいから。漢字の発生は、紀元前1300年頃のチャイナで発見された、殷時代の甲骨文字が起源だと言われています。甲骨文字(象形文字)が時代を追うごとに、西周、東周、秦、隷書と変化していき、最後は楷書の形に行き着きます。この『漢字字形史字典』は、その変遷をたどることができます。

前回のおさらい②

そして、ときに漢字は一つの象形から複数の漢字が生まれることもあり、たとえば前回お話した「農」は、その象形から「辱」が生まれています。「農」は草を刈って作物を収穫するのに対し、「辱」は草で覆われていたものがあらわになることなので、「農」から「辱」が生まれたと、一般的にはそう解釈されています。

前回のおさらい

しかし、私としては、もともと漢字は神様の行動を写し取ったもの、漢字は神様だと考えているので、黄泉国において農の神イザナキがイザナミを辱めたから、「農」から「辱」が生まれたと私は考えています。

古事記と漢字の関係性について⑤

今日も『漢字字形史字典』を参考にしながら、古事記が教えてくれる漢字の成り立ちを見ていきたいと思います。今日取り上げる漢字は、東西南北です。東西南北が誕生する話は、そのほとんどが黄泉国から禊シーンにかけてだと私は考えています。

「北」の成り立ち

まずは、解説しやすい「北」からお話しますね。黄泉国は死んだイザナミの体内世界で、イザナキは亡き妻に会うために、彼女の口から体内に侵入しました。そして、胃袋御殿を通り抜け、腸内世界まで行き、黄泉の軍勢に追われながらもと来た道、つまり喉の方向へ逃げかえりました。

このイザナキの「逃げる」という行動を写し取った漢字が「北」だと私は考えています。もともと北は、方角を意味したものではなく、原義は「そむく」や「にげる」だからです。現在でも「敗北」という言葉は、原義のまま使われています。

黄泉国でイザナキが逃げた方向は、イザナミの喉、つまり頭の方向でした。死んだ人の頭はどちらに向けられるでしょうか?そう、北ですよね。北枕です。だから、「北」という漢字は、本来は黄泉国におけるイザナキの行動や心情を写し取ったものであり、それが後に方角の北として仮借されたのではないかなと私は考えています。

「北」の成り立ち

「南」の成り立ち

つづいては「南」について。「南」の象形は打楽器を描いたもので、字源は「吊り下げられた打楽器」という説が有力だそうです。上部の三本線が吊り下げているヒモで、下が打楽器。もしくは、鐘のようなものでもあるらしいです。これも、方角の南とまったく関係ない意味を持っていますね。打楽器が吊り下げられている方向が南だということでしょうか?

「南」の成り立ち①

古事記を通して打楽器について考えてみると、雷神の太鼓が該当しそうだなと私は思いました。雷神は、イザナキがカグツチを斬り殺すことで世界に大噴火をもたらしたときに誕生し、それは闇夜を切り裂く力を持ち、とてつもない轟音を放つ存在です。その轟音は雷神が太鼓を叩くからだという言い伝えによって、「雷神=太鼓」というイメージが生まれました。

また、その雷神は黄泉国ではイザナミの全身にも成っていて、そのときの雷神は、切り裂く力が痛々しい傷口、もしくは激痛という形に変わって継承されていると思われます。

以上のことを踏まえた上で、「南」について再考察してみると、打楽器を吊り下げている三本のヒモは、山の噴火を写し取ったもの、または湯気のようなものではないかなと私は思いました。

というのも、ハルペン・ジャックさんの書籍『漢字の再発見』を読んでいたとき見つけたのですが、「尚」という漢字の上部は、家の窓から煙や空気が上へ上へと上がっていくさまを描いたものだそうです。そのため、「高くのぼっていく」「上へのびていく」「高いところ」という意味となり、程度の高いことを「高尚だ」と言ったりするのだそうです。

「南」の成り立ち②

これを読んだとき、「南の象形もこれと似ている!」と私は思いました。南の象形の上部三本線も、ヒモではなく、本来は煙や湯気のようなものが立ち昇る様子を写したものではないだろうかと。黄泉国でイザナミが怒り、雷神が追いかけてきた状況は、山の大噴火ならぬ感情の大爆発と言えるからです。

または、「南」の象形は建物のようにも見えるので、イザナミがいた黄泉国の胃袋御殿が怒りの炎を放っているという感じでもあるのかなと。ですから私は、黄泉国の一連のストーリーが「南」誕生に関わっているのではないかなと思いました。

北がイザナミの喉の方向ならば、南が腸内世界になるのは当然のことですが、でもどちらの漢字も最初から方角を意味していたのではなく、身体宇宙論をベースに展開する神々の物語が先手にあって、後手で方角、つまり漢字が生まれているのではないかなと思います。

「東」の成り立ち

さて、つづいては「東」について。「東」の象形は「筒状の袋の両端を縛った形」です。これもまったくもって方角と関係ない形ですが、これも古事記を通して見てみると、何となくその成り立ちがわかるんですね。

「東」の成り立ち①

イザナキの禊シーンにおいて、彼が川に潜って身体をすすいだ場面は、身体宇宙論で言えば、腹わた形成として読めるとお話してきました。川という腹わたを縛り上げて、お腹の中に収め、その口をキュッと締めた、つまり腹をくくった。これが「東」の成り立ちに関係していると私は思います。

またそれだけでなく、その先の展開も重要で、腹わた収納が行われた後、何が起こったでしょうか?そう、アマテラスたちの誕生ですよね。アマテラスは太陽神で、太陽はどの方角から昇るでしょうか?そう、東です。

つまり、禊シーンにおいて、川に潜って浮上する場面で腹わたが収納され、その後にアマテラスが誕生するという、この一連の流れを通して古事記は、これが東の成り立ちであると語っていると私は考えました。

太陽が昇る方角が東ということではなく、イザナキの禊を通して腹わたが収納されること、お腹もしくは袋状のものに中身を詰めて、その口をキュッと縛ること、これが「東」の成り立ちに大前提として必要で、その後に太陽神が誕生したため、太陽が昇るのが東ということで、東は方角として仮借されたのだと思います。そうでないと、なぜ「東」の象形が袋の口を縛った形なのか、説明がつきませんよね。

「朝」の成り立ち

さらに、東西南北から少し話は逸れますが、このシーンは「東」だけでなく、「朝」という漢字の成り立ちについても語っているようなんです。「朝」の象形は、草むらに太陽と月が同時に出ていることを写し取ったものだそうです。空が明るくなり始めたときというのは、月もまだ薄くその姿を残していますよね。だから、この朝という瞬間に、アマテラスとツクヨミは同時に生まれることができたのだと思われます。

「東」の成り立ち②

これら神々はイザナキが顔を洗ったことで誕生したので、そこから考えるに、イザナキは朝の洗顔をしたという感じでしょうか?

natan
natan

寝ぼけまなこを朝の洗顔でさっぱり洗ったとき、「新しい朝が来た、希望の朝が~♪」という感じで、アマテラスたちは誕生したのかもしれません(笑)

しかも、ついでに触れておくと、禊シーンでは潮の満干きを象徴するであろう那藝佐毘古神が誕生しましたが、「朝」から「潮」の漢字が生まれていることも偶然ではなく、イザナキの禊終盤に朝が来たことが「潮」という漢字の誕生に密接に関わっているのではないかなと私は考えています。

古事記は漢字のパーツでも韻を踏んでいる

さて、禊シーンにおける腹わた形成からの太陽神誕生は、一見するとまったく関連性がない話に思えますが、漢字のパーツで見てみると、しっかり関連していることがわかりました。腹わたである「腸」という漢字のつくりは「よう」であり、これ自体が太陽が昇る様子を写し取ったものだそうです。

「昜」について

この「肉づきの昜」が「日へんの昜(意味は日の出)」に漢字が移行して、太陽神が誕生しているんですね。ですから、古事記解説第28回でもお話したように、古事記は音や場面で韻を踏んで物語を展開させるルールを持つわけですが、今回、漢字のパーツでも韻を踏んでいるということがわかりました。

また、「昜」という漢字を通して禊シーンを眺めてみたら、さらに二つのことも読み取れました。一つは、禊が行われたのは、時間帯でいえば夜から朝にかけてだということ。もう一つは、古事記は物語の展開を「偏つぎ」で進めているらしい、ということ。

禊の時間帯は夜から朝にかけて

夜に関する記述

一つ目の時間帯については、朝が来るということは、それまでは夜だったということ。禊シーンに夜の要素はあったかなと探してみると、しっかりありました。「すみさきの大神なり」の墨江。これは「黒い川」とも読めるもので、それは夜の川を象徴したものでもあると言えます。

墨江は夜の川

「西」の成り立ち

また、川に潜って身体をすすいで朝が来たシーンが「東」であるならば、禊をするために身に着けていたものを脱ぎ捨てているシーンは、もしかしたら「西」か?と思い、「西」の漢字を調べてみたところ、ビンゴ!

「西」の象形は、「袋の口が開いた状態」を描いています。東とは逆の意味を持っていますね。袋の口が開いているということは、その中身が外に出る、もしくは空になっているということでもあります。禊を始めるために身につけているものを脱ぎ捨て、裸になったイザナキのことを考えると、「西」の原義に合いそうだなと思いました。

また、前回、黄泉国で生まれた「辱」という漢字に触れましたが、その原義は「草で覆われていたものがあらわになること」なので、禊で裸になったイザナキの様子は「辱」の原義とも合います。黄泉国でイザナミが「辱」そして恥の感情を感じたのも、イザナキに中を覗かれたからです。中を覗く、イコール袋の口が開く、それが「西」誕生へと繋がっていく、という感じ。

だから、古事記はここでもしっかり禊シーンと黄泉国で韻を踏んでいる、ということがわかります。

「西」の成り立ち

禊は夕暮れ時からはじまった

さて、そんな「西」は太陽が沈む方向でもあり、禊は夕暮れ時から始まったと考えられます。日が「暮」れるの元になる漢字は「莫」で、「草むらの中に日が沈む様子」を意味しています。しかし、古事記で考えてみると、たぶん、日が沈むのではなく、日の神であるイザナキが川に身を沈める場面を描いたものが「莫」ではないかなと私は思います。

また、「バク」という音にも注目していただきたいのですが、皆さんは覚えていますでしょうか?私は古事記解説第22回で、このシーンにマレーバクの要素が感じ取れるとお話したのですが、動物のバクもけものへんを用いて「獏」と書きます。

「莫」の成り立ち

この動物のバクは夜行性で、なおかつ夢を食べる動物だと言われています。「西」は日が暮れて夜がやってくる方角であり、夜に生き物たちは眠りにつくことを考えると、夜行性で夢を食べるバクの登場はごく自然なことのように感じられてきます。

この眠りに落ちることが、イザナキが「川の中流に崩れ落ちながら潜った」という表現に象徴されていると私は思います。眠りに落ちるとき、意識が身体に深く沈み込んでいく感じがするからです。以上のことから、禊シーンは夜から朝にかけて行われたと私は考えました。

物語は「偏つぎ」で進められている

「偏つぎ」とは

つづいて、二つ目の、古事記は物語の展開を「偏つぎ」で進めているらしい、について。

「偏つぎ」というのは、平安時代に貴族の女性たちや子どもたちの間で流行った漢字遊びです。かるたのように、提示された漢字のつくりにあう偏を見つけて、漢字を完成させる遊びです。

今放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』の中で、紫式部である主人公まひろが、貴族の女性たちと偏つぎをして遊んでいるシーンがありました。このシーンを見たとき、私は「古事記は絶対これを物語の展開方法として用いてる」と直感しました。そして、よくよく調べてみると、やっぱり偏つぎをしているようなんですね。その一例が、先ほどお話した「昜」です。

「偏つぎ」とは

「辰」に関する話が連続している

また「昜」以外では、「辰」という漢字もそうで、黄泉国から禊シーンまで、「辰」を持つ漢字に関する話がずっと続いているんです。黄泉国では、「農」の神イザナキと「辱」の神イザナミが登場。イザナキが十拳劒を後ろ手に振るの「振」も「辰」。

禊を行うために訪れたつくむかたちばな小門をど阿波岐あはきはらは顔の領域であり、そこで「いなしこめ~」とヤギのように声を震わせながら鳴いたことが指し示す顔のパーツは「唇」。

また、そのシーンからは出産間近の大地母神の存在も読み取れ、それは妊娠の「娠」。禊で誕生したうるさく騒ぐうしの神たちは、賑やかだとも言える。この「賑」も「辰」。甲斐辨羅神を水辺の貝としてみると、はまぐりという原義を持つ漢字は「辰」。ラストは、スサノヲが象徴するのは辰砂と呼ばれる水銀なので、ここでも「辰」。「辰、辰、辰…」ずっと「辰」続きなんです。

ちなみに、アマテラス誕生のとき朝が来たとお話しましたが、「あした、あさ、よあけ」という意味を持った「晨」という漢字もあります。

「辰」に関連する話

「辰」は、方位としては東南東、時刻としては午前8時の前後2時間、そして時や日、または天体(日、月、星の総称)を意味するので、それがアマテラスたち三貴子誕生に関わっているということなのでしょうか?

現時点でこの偏つぎについては全体像が見えていないので、今は「物語を偏つぎでも進めているらしい」という程度にとどめておきたいと思います。

まとめ

ということで、以上が古事記が教えてくれる東西南北、またそれに関連した漢字の成り立ちについてのお話でした。古事記が物語を通して漢字の成り立ちを語っていることがわかると、ヘンテコリンに感じる神話のストーリーが、別の法則をもって展開している、一貫性のある話に感じられてきます。

今回お話した漢字の成り立ちについての考え方は、どんな字典、本にも書かれていないので、今日の解釈が正しいかどうかはわかりません。ただ、私は思うんです。もっと自由に漢字を捉えて、漢字と遊んでみるくらいの気持ちで、漢字と触れ合うことが大切ではないかなと。そうすれば、漢字の新たな姿を知ることができるからです。

私たちは日々、無意識的に漢字を用いていますが、その漢字は神様です。記号ではありません。漢字は神様を写し取った象形文字です。

日本人は漢字をベースにひらがなやカタカナを発明してきました。日本国内では、何度も漢字を廃止しようという動きがあったそうですが、そのたびに「漢字は捨てない」という選択肢を取ってきたと言います。日本人が漢字を捨てない理由は、それ自体が神様だということを無意識的にでも知っているからだと私は思います。

神々は、とても自由な性格をしています。だから、神々を写し取った漢字も、学問的に凝り固まった視点で捉えるのではなく、遊び心を持って、ときには魔改造しながら、楽しくお付き合いしていくのが良いのではないかなと思います。その方がきっと神様たちも喜ぶと思うんです。

私たちの日本語は神様です。私たちは漢字という神様を用いて、日々多彩な表現をしています。日本語の表現が豊かなのは、それだけたくさんの神々が私たちの精神活動を支えてくれているからだと思います。これからも漢字を大切にしていきたいですね。

というわけで、今回をもって総括的なお話はすべて終了となります。次回からは、いよいよアマテラスたち三貴子の時代に入っていきたいと思います。次回もお楽しみに♪

natan
natan

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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