本日のトーク内容
はじめに
皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。
今日は、ヲロチ神話の中からお酒造りとヲロチ退治の前半部分を取り上げ、解説していきたいと思います。
原文/読み下し文/現代語訳

告其足名椎手名椎神 汝等 釀八鹽折之酒 亦作廻垣 於其垣作八門每門結八佐受岐 每其佐受岐置酒船而 每船盛其八鹽折酒而待
その足名椎手名椎神に告りたまひしく、「汝等は八塩折の酒を醸み、また垣を作り廻し、その垣に八門を作り、門ごとに八さずきを結ひ、そのさずきごとに酒船を置きて、船ごとにその八塩折酒を盛りて待ちてよ」とのりたまひき。
須佐の男命は、足名椎と手名椎に「お前たちは(八回も繰り返して醸造した)強い酒を作り、また垣を作って廻らせ、その垣に八つの門を作り、門ごとに仮の棚を設けて、その棚に酒を入れる器を置いて、器ごとに酒を盛って待っていてくれ」と言った。

故隨告而如此設備待之時 其八俣遠呂智 信如言來 乃每船垂入己頭飮其酒 於是飮醉留伏寢 尒速須佐之男命 拔其所御佩之十拳劒 切散其蛇者 肥河變血而流
故告りたまひし随に、かく設け備へて待ちし時、その八俣をろち、信に言ひしが如来つ。すなわち船ごとに己が頭を垂入れて、その酒を飲みき。ここに飲み酔ひて留まり伏し寝き。尒して速すさの男命、その御佩せる十拳剣を抜きてその蛇を切り散りたまひしかば、肥河血になりて流れき。
須佐の男命が教えた通りに準備を整え待っていた時、八俣大蛇が本当に足名椎の言葉通りにやって来た。そうして酒の器にそれぞれの頭を入れて酒を飲むと、酔っ払ってその場に伏して寝てしまった。須佐の男命は腰にはいた十拳剣を抜いて、大蛇を切り散らしたところ、河が血になって流れた。
今日取り上げるシーンはここまでです。早速解説をはじめましょう。
解説
八塩折の酒について
スサノヲはヲロチ退治用のお酒を足名椎夫妻に造らせました。早速ここで一つわかることは、足名椎と手名椎はスサノヲの足となり手となって働く存在だから、そのような名前になっているということです。
ここで作られる酒は八塩折の酒と言われていて、それは八回(何度)も繰り返して醸造した強い酒のことを指します。それを飲ませてヲロチを眠らせ退治するという計画のようです。
このお酒についての一般的な解釈は、唾液で発酵させて造った口噛み酒ではないだろうかと言われています。私としても、原始的な酒はそのようにして造っていたようなので、その考えも一理あるなとは思います。ただ、何度も醸造した強い酒という点が気になるところで…。

というのも、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんの書籍『発酵文化人類学』を読んでいたとき、小倉さんも古事記に触れ、八塩折の酒についてこう説明していたからです。
「何度も仕込んで造る酒(つまり酒で酒を造る醸造法)は、糖分を分解する酵母が死んでしまうため、とても甘いお酒ができる」と。それは貴醸酒、またはデザート酒と呼ばれ、その甘さは梅酒並み、他の方の解説ではハチミツ並みだと言われていました。
ということは、口噛み酒とはかなり性質が異なったお酒を造っていることになります。これが何を意味しているかは、考察を進めながら少しずつ紐解いていきたいと思います。

お酒の置き方について
さて、お酒が出来上がったら、今度は「垣を作って廻らせ、その垣に八つの門を作り、門ごとにさずき(仮の棚)を設けて、その棚に酒を入れる器を置いて、器ごとに酒を盛りなさい」とスサノヲは指示しました。すごく丁寧な指示ではありますが、私たちからすれば何とも意味不明です。
一つずつ見ていきましょう。垣根を作って廻らせる、これは理解できますが、そこに八つ(無数)の門を作るとは一体どういう意味なのでしょうか?そもそも、なぜ八つなのかというと、ヲロチの頭の数が八つだからですね。
次に門。これは「かど」とも読みますが、意味は建物のもん、出入り口の他に、「一門」と言われるように家や家族、身内、仲間という意味や、物事の分類上の大別、分野では「専門」「部門」、生物学上では分類単位でもあります。さらには大砲の数え方でもあったり、母屋の前庭のことを「かど」と言ったりもします。たとえば、そこに松を置くから門松と言われるように。

こうやって門について調べてみてもイマイチよくわからないので、一旦次に進みます。
「門ごとにさずき(仮の棚)を設ける」については、さずき(仮庪)とは材木を綱で結んで作った仮の台や床のことで、神事や祭りのときに神への供物を置いたり身分が高い人が見物したりする場所として使用します。桟敷席はよく耳にする言葉ですが、その原型が仮庪です。
ということは、スサノヲは高座(こうざ、たかくら)、もしくは三宝的なものを作らせたということかもしれません。であれば、スサノヲの指示はこう解釈することができます。

スサノヲの指示の意味
まず「1、垣を作って廻らせる」は、神聖な領域を作るために斎垣で囲むという意味だと思われます。斎垣は、神社など神聖な場所に廻らせた垣根のことです。
次に「2、垣に八つの門を作る」は、八つの入口を作るという意味と、もう一つはヲロチの頭の数だけお酒を用意しなければならないので、そうするとお酒は胴体周りに置くことになります。その領域を八つ設けるという意味にも読めます。であれば、ヲロチの胴体が母屋的なもので、その前にある領域が「門」ということになりますね。

私としては後者の方がしっくりきます。というのも、「3、門ごとに仮の棚を設けて」「4、その棚に酒の器を置く」が下記のような絵になるからです。

なんだかこうやって見てみると、ヲロチはそれ自体が御神体という感じがしてきますね。
ヲロチ退治の謎①
さて、このような形でヲロチを迎える準備が整い、その到着を待っていると、本当にヲロチがやってきました。そして、酒の器に頭ごと突っ込んでガブガブと酒を飲み、泥酔して寝てしまいました。今がチャンスとばかりにスサノヲはヲロチを退治しました。
スサノヲの巧妙な作戦によって邪悪な怪物は退治され、めでたしめでたし。と、私たちはこれまでこのように解釈してきたわけですが、でもこの話よくよく考えると変なんです。
なぜなら、その状況は「寝首をかく」ということになるからです。それはたいへん卑怯で卑劣な行為に用いられる言葉で、ヲロチは退治されるべき存在だとしても、スサノヲが悪者になってしまうのはおかしな話です。
さっきお酒を高座に置いたと説明しましたが、そのような場所に置かれた贅沢なお酒を飲めるのは、ヲロチが怪物ではなく神聖な存在だからではないでしょうか?また、その酒を泥酔するまで飲んで寝てしまうというのも、そこがとても安心できる場所だからではないでしょうか?

ヲロチ退治の真相①
そのように考えてみると、ヲロチは騙されておびき出されたのではなく、スサノヲたちに迎え入れられ、もてなしを受け、心ゆくまで宴を楽しんだと考えたほうが辻褄が合います。贅沢なお酒もヲロチが大切なお客様だからこそ提供された。
なぜヲロチが大切なお客様なのかというと、それは古事記解説第54回でお話したように、ヲロチは知恵を持った賢い神だからだと思います。その知恵を引き出すためには、相手を成敗するよりも接待した方が確実に良いものが得られますよね。

また、ヲロチ神話は高天原の場面とも対応しているので、その場面を振り返ってみると、天石屋戸では恐ろしい現象が起こっているにもかかわらず、アメウズメは高座(桶)の上で踊って八百万の神を笑わせていました。ということは、これと似た状況が今回も繰り広げられているはずなんです。
ですから、今回も恐ろしい状況ではあるけれど、スサノヲが場を盛り上げていて、ヲロチの八つの顔が八百万の神のように笑っていると思われます。

では、スサノヲは恐ろしい状況の中でどのように場を盛り上げているかというと、たぶん彼は女装をしてヲロチを笑わせているのだと思います。なぜなら、天石屋戸ではアメウズメが女性の秘部を出して笑わせていましたし、今回の場面ではスサノヲがクシナダヒメを櫛に変えて自分の角髪に刺しているからです。
天石屋戸では笑いの中心に女性がいて、櫛は女性の象徴です。その櫛をスサノヲ自らが刺すということは、彼が女性に変身したという意味なので、だからその姿で笑わせているんじゃないかなと私は思いました。

であるならば、この宴はお腹もよじれるくらい可笑しくて楽しい宴だったことでしょう。そう考えたとき、この場面にピッタリなある言葉が浮かんできました。それは「笑う門には福来る」。「笑う門」、もしかしたら古事記が「かど」という言葉を用いたのは、このことわざを言いたかったからではないかなと私は思いました。

ヲロチ退治の真相②
でも、宴に満足して気持ちよく寝入ったヲロチをスサノヲが殺してしまうのは、またまた変な話です。これはどう解釈できるでしょうか?
それはヲロチを供養した、または浄化したことの隠喩表現ではないかなと思います。というのも、以前の解説でヲロチは神々の負の感情の化身だとお話しましたが、ヲロチを退治したということは、その負の感情を消したという意味になるからです。
ヲロチ退治には笑いの力が欠かせないので、負の感情はお腹の底から笑うことで雲散霧消した(出雲だけに)。その状況を隠喩で表現したのが「スサノヲはヲロチの身体を切り散らした」という部分ではないかなと私は考えています。細かくなる身体、それは負の感情が雲散霧消したことを意味するからです。
以上のことから、世間一般的にヲロチ神話は恐ろしい怪物を倒した話と解釈されていますが、その真相はまったく違うものだったというのが今回の結論です。

おわりに
今日はお酒造りとその配置に関する場面をメインに取り上げ解説しました。それにしても日本の神様は、天石屋戸といい、今回の場面といい、最悪の状況のときこそ笑いを生み出して困難を乗り切るので、何ともめでたい楽しい神様たちだなとつくづく思います。そんな神々に私たちが支えられていることを考えると、なんだか誇らしい気持ちになりますね。
さて次回は、ヲロチの尻尾から草なぎの太刀が出てくる場面を取り上げ、解説したいと思います。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!


