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古事記☆新解釈【5】島生み~島生みの本当の目的は◯◯だった!~

古事記☆新解釈「島生み」アイキャッチ 新解釈『古事記』
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本日のトーク内容

以下の内容は、放送内容を加筆修正しています。

皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

前回は、イザナキとイザナミの最初のまぐあいシーン、そして、水蛭子ひるこ誕生についてのお話をしました。今回は、島生みについてお話したいと思います。

まずは、読み下し文、現代語訳を読み上げます。声をもって訓む部分は赤字で表記し、特殊な訓読みは原文の横に訓み方を記載しています。参考文献はチャンネル概要欄に記載しています。それでは始めます。

原文/読み下し文/現代語訳

天つ神の占い

古事記「島生み01」(原文/読み下し文/現代語訳)

於是二柱神議云 今吾所生之子不良
猶宜白天神之御所 即共参上 請天神之命
尒天神之命以 布斗麻迩尒卜相而詔之 因女先言而不良亦還降改言
故尒反降 更往廻其天之御柱如先
於是伊邪那岐命 先言阿那迩夜志愛袁登賣袁
後妹伊邪那美命 言阿那迩夜志愛袁登古袁

ここに二柱の神、はかりてひけらく「今が生める子良からず。なほ天つ神の御所みもとまをすべし」といひて、すなはち共に参上まゐのぼりて、天つ神のみことひき。
尒して天つ神の命もちて、ふとまにに卜相うらなひてりたまひしく「をみな先に言へるよりて良からず。また還り降りて改めて言へ」とのりたまひき。
故尒かれしかしてかへり降りて、更にその天の御柱を先の如く往きめぐりき。
ここに伊邪那岐命、先に「あなにやし、えをとめを」と言ひ、後にいも伊邪那美命「あなにやし、えをとこを」と言ひき。

古事記「島生み02」(原文/読み下し文/現代語訳)

そこで二柱の神は相談して、「今私が生んだ子は良くなかった。天つ神の元へ参り、申し上げよう」と言って、共に参上り、天つ神の言葉を請うた。
すると、天つ神は太占で占い、「女が先に声をかけたのが良くない。また還り降りて改めて言いなさい」と仰った。
そうして二柱の神は返り降り、その天の御柱を前と同様に廻った。
そして、伊邪那岐命が先に「おお、いい女だ」と言い、次に伊邪那美命が「あら、いい男」と言った。

島生み(往き)

古事記「島生み03」(原文/読み下し文/現代語訳)

如此言竟而御合 生子 淡道之穂之狭別[和氣]
次生伊豫之二名嶋 此嶋者 身一而有面四 毎面有名
故伊豫國謂比賣 讃岐国謂飯依比古 粟國謂大宜都比賣 土左國謂建依別
次生隠伎之三子嶋 亦名天之忍許呂別

かく言ひへて御合みあいして生める子は淡道あはぢの穂の狭別島さわけのしま
次に伊予いよ二名島ふたなのしまを生みき。この島は身一つにしておもつあり。面毎おもごとに名あり。
かれ伊予国いよのくにえひめ[愛比売]ひ、讃岐国さぬきのくに飯依比古いひよりひこと謂ひ、粟国あはのくにおほげつひめ[宜都比売]と謂ひ、土左国とさのくに建依別たけよりわけと謂ふ。
次に隠伎おき三子島みつごのしまを生みき。またの名はあめおしころ[許呂]わけ

古事記「島生み04」(原文/読み下し文/現代語訳)

次生筑紫嶋 此嶋亦身一而有面四 毎面有名
故筑紫國謂白日別 豊國謂豊日別 肥國謂建日向日豊久士比泥別 熊國謂建日別
次生伊岐嶋 亦名謂天比登都
次生津嶋 亦名謂天之狭手依比賣
次生佐度嶋 次生大倭豊秋津嶋 亦名天御虚空豊秋津根別
故因此八嶋先所生 謂大八嶋國

次に筑紫島つくしのしまを生みき。この島もまた身一つにして面四つあり。面毎に名あり。
故、筑紫国つくしのくに白日別しらひわけと謂ひ、豊国とよのくに豊日別とよひわけと謂ひ、肥国ひのくに建日向日豊たけひむかひとよくじひね[久士比泥]わけと謂ひ、熊[曽]国は建日別と謂ふ。
次に伊岐島いきのしまを生みき。またの名はあめひとつ[比登都]ばしらと謂ふ。
次に津島つのしまを生みき。またの名は天の狭手依比売さてよりひめと謂ふ。
次に佐度島さどのしまを生みき。
次に大倭おほやまと豊秋津島とよあきつのしまを生みき。またの名はあまつ御虚空みそら豊秋津根別とよあきつねわけと謂ふ。
故、この八島やしまを先に生めるによりて、大八島国おほやしまのくにと謂ふ。

島生み(還り)

古事記「島生み05」(原文/読み下し文/現代語訳)

知然後還坐之時
生吉備兒嶋 亦名謂建日方別
次生小豆嶋 亦名謂大野手比賣
次生大嶋 亦名謂大多麻
次生女嶋 亦名謂天一根
次生知訶嶋 亦名謂天之忍男
次生兩兒嶋 亦名謂天兩屋
[自吉備兒嶋至天兩屋嶋并六嶋]

しかのち、還ります時、吉備児島きびのこじまを生みき。またの名は建日方別たけひかたわけと謂ふ。
次に小豆島あずきのしまを生みき。またの名は大野手比売おほのてひめと謂ふ。
次に大島おほのしまを生みき。またの名はおほたま[多麻流]わけと謂ふ。
次に女島ひめのしまを生みき。またの名は天一根あめひとつねと謂ふ。
次に知訶島ちかのしまを生みき。またの名は天の忍男おしをと謂ふ。
次に両児島ふたごのしまを生みき。またの名は天両屋あめふたやと謂ふ。
[吉備児島より天両屋島まであはせて六島]

島生みの部分は、現代語訳がなくてもわかると思うので、訳はなしとさせていただきます。さて、一つずつお話を整理していきましょう。

解説

天つ神の占い

古事記「島生み02」(原文/読み下し文/現代語訳)

「今私が生んだ子は良くなかった。天つ神の元へ参り、申し上げよう」と言って、天つ神の元へイザナキとイザナミは向かいます。この「今私が生んだ子は良くなかった」と言ったのは、一体どちらなんでしょうか?このように、『古事記』はときに主語がないんですよね。

天つ神は占いの結果として、「女が先に声を掛けたのが良くなかったから、やり直しなさい」と言います。前回のお話で触れましたが、イザナキはすでに「女から声をかけするのは良くない」とイザナミに告げています。そう告げた理由は、イザナキが出現する一つ前の、神世六代目の於母陀流おもだる神という男神が、妹の阿夜訶志古泥あやかしこね神に声掛けをしているので、それに従って自分が先に声掛けをすべきだったという考えからだと思われます。イザナキは論理的に考えて「女から声をかけるのは良くない」と考えた感じですかね。

そして、天つ神は占いでその答えを導き出しました。ということは、このシーンは前回お話したように、『古事記』は本質を同じくすることを別の形で二度繰り返すというルールに沿ったものだと考えます。イザナキが告げた内容と、天つ神の占いは、本質を同じくしているからです。また、占いを用いるのは女性性、論理的思考を用いるのは男性性、そんな違いも感じられるシーンだなと思いました。

島生み

天の御柱の廻り方

さて、イザナキとイザナミはおのごろ島に戻って、今度はイザナキからの声かけで島生みに再チャレンジします。

まず、天の御柱をイザナキとイザナミは廻りますが、行ったきりではなく、往復するようです。イザナキは左から、イザナミは右から廻り、八番目の島を生んだところで、また還ることになるようです。すると、互いの向きが変わるので、左右が入れ替わる形になると考えられます。

天の御柱の往復の仕方

今度はイザナキが通った道をイザナミが通り、イザナミが通った道をイザナキが通る。お互いが覆い被さる感じになりますね。

島は、行きは八つの島が、還りは六つの島が生まれました。『古事記』を文脈どおり読むと、御柱を廻って、出会ったところでまぐあい、そこで島々が生まれたと書かれていますが、私は、二神が御柱を廻ることと島々の誕生は、同じ軌跡を描いているのではと考えています。

私の解釈~島の生まれ方~

どういうことなのか、図を見ていただくと、私がお伝えしたいことがご理解いただけると思います。こちら。

島が生み落とされた順番について

柱の周りを往復することによって島々が生まれたなら、島々も御柱を往復するように産み落とされているのではないだろうかということ。

なぜそう考えたかというと、私はこのシーンの考察をはじめたとき、まずは島の名前を紙に書き出し、整理して、それをボーっと眺めるところからはじめたんですね。そうしたら、一番目の淡道の穂の狭別島と八番目の大倭豊秋津島という名前から、種を蒔き、苗が成長し、それが秋になって豊かな穂をつけた様子が感じ取れたんです。

大倭豊秋津島という名前からは、ものすごく実り豊かな秋を感じませんか?しかも、別名が天御虚空豊秋津根別です。天なるみそら、豊かな秋!

natan
natan

美空ひばりっぽい名前が出てきたら、これをゴールにしなきゃ日本人としておかしいでしょ!と(笑)

だから、イザナキとイザナミが天の御柱を往復したならば、一番目の淡道の穂の狭別島と八番目の大倭豊秋津島がターンの起点になるだろうと考えました。すると、その他の島、行きの六つの島と還りの六つの島がともに重なるような形になるなと。そのように考えて、このような配置にしてみたんです。

島=マイルストーン

飛び石

これを考えたとき、このシーンで言われている「島」というのは、実際に存在する島のことではなく、象徴として用いられているものだと気づきました。島が象徴するものは、作物が育つ過程であり、また、その成長過程さえも別の何かを象徴しているのかもしれないなと思いました。

その思考作業の結果、私はようやくおのごろ島の意味がわかりました。天の御柱と八尋殿はおのごろ島に見立てられているわけですが、私は、おのごろ島の「ご」は囲碁の「碁」だから、おのごろ島は何らかのルールを持っている島だとお話してきました。

島が何らかのルールを持っていると考えたとき、私の頭にある言葉が浮かんできました。それは「マイルストーン(milestone)」という言葉です。皆さんはマイルストーンという言葉をご存知ですか?この言葉はビジネス用語として用いられ、マイルは「mile=距離」、ストーンは「stone=石」を意味します。

マイルストーンについて

もともとは、ローマ帝国が主要な街道に1ローマ・マイル(1000歩)ごとに標識として設置したのが始まりだといわれています。やがて鉄道や道路において、起点から中間地点の距離を表すための標石として使われるようになったそうです。

そして、ビジネス用語でのマイルストーンは、プロジェクトを完遂するための中間目標地点を指す言葉です。長期に渡るプロジェクトは、ゴールだけ決めても目標達成はできません。途中、計画どおりに進まなかったり、トラブルが起こったりする可能性があるからです。

そこで、重要なポイント(企画書や要件定義、テスト、リリースなどのタイミング)にマイルストーンを置くことで、マイルストーンごとに進捗や結果を確認することできます。それによって、たとえトラブルや遅延があっても、次の工程で挽回することができます。

おのごろ島もこれと同じだと私は思いました。おのごろ島も碁石、マイルストーンを敷くための島なのだろうと。確実に国を修めつくり固め成すために、島生みによって細かくマイルストーンを敷いていったのだと思うんです。

というわけで、これら島々も碁石風に並べてみました。こんな感じ。

島生みロードマップ

島生みの真の目的は、物理的な島を生むことではなく、マイルストーンを敷くこと。その理由は、確実に国づくりをするためです。これは言い換えると、物語のロードマップを敷いたとも言えると思います。

還りの島の意味

行きの島々は、稲穂が実る道として読めるので、それは国作りをする道を象徴したものだと思うんですね。じゃあ、還りのルートで生まれた島々はどういう意味を持っているのか?還りに生まれた島々がよくわからない……。私は新たな壁にぶち当たりました。

でも私は諦めず考えました。と言いますか、またボーっと島々の名前を俯瞰して眺めました。私はユングのタイプ論でいうところの内向直観型なので、直観が降りてくるのを待ちました。

すると、ふと目に止まった、還りのルートで誕生した「2-6」両児島ふたごのしま、別名天両屋あめふたや。これは二つの屋根を意味するそうですが、そこで「あ!この島ってアレに似てる!」と思ったんです。

それは何かというと、皆さんも数年前にテレビで目にした方も多いと思います。平成から令和に変わったとき、天皇が行った一大イベント。そう、大嘗祭だいじょうさい。あそこに双子の屋根があると気づいたんです。

大嘗祭は、国と国民の安寧を祈り、そして五穀豊穣に感謝する儀式で、毎年行われるものを新嘗祭にいなめさいと言い、天皇の代が変わるときに行われる最初の新嘗祭、それをスケールを大きくして執り行うのが大嘗祭です。その大嘗祭には、双子の屋根、悠紀殿ゆきでん主基殿すきでんがあります。

大嘗祭について

大嘗祭を参考にして島生みを考えてみると、淡道の穂の狭別島から大倭豊秋津島までのルートは、先ほどもお話したように、五穀の栽培とそれが豊かに実るまでの道として考えることができます。大嘗祭で言えば、東日本を指す悠紀、西日本を指す主基、それぞれでの作物の栽培と収穫。

そして、東日本で収穫されたものを悠紀殿に、西日本で収穫されたものを主基殿に供えるわけですが、この悠紀殿と主基殿が象徴しているものが、島生みの還りのルートで誕生した六番目の両児島、別名天両屋だと私は思ったんです。

大嘗祭は、悠紀と主基、それぞれで収穫されたものを調理し、それぞれの御殿に供え、そして、神々に収穫の報告と感謝をし、次の年の実りも祈願して、神と共に食事をいただきます。ということは、島生みの還りのルートも、国作りを終えて、それを天にお渡しするまでの道として考えることができるかもしれないなと思ったんです。

natan
natan

「あ、だから国譲りという展開になるのか」とガッテンしました。

さらにおまけとして、こんなことにも気づきました。大嘗祭において、天皇はまず悠紀殿に礼拝し、時間をあけて、その後主基殿に礼拝されます。『古事記』は同じことを二度繰り返すルールがあるわけですが、興味深いことに、大嘗祭でも天皇は悠紀殿と主基殿それぞれで礼拝と飲食をする、つまり同じことを繰り返すようです。

ということは、このロードマップも、もう一周する可能性があるなと思いました。と言いますか、作物は次の年もまた栽培して収穫していくので、グルグル周回するのかもしれない、とも思いました。

大嘗祭を参考にしてみても、やはり今回のシーンでイザナキとイザナミは、国作りのためのマイルストーン、そして物語のロードマップを敷いたという考えは、おおむね合っていそうだなと思いました。

各島々の意味

島生みロードマップ

さらに、私が島々を物語のロードマップだと考える根拠は他にもあります。

たとえば、行きのルートで二番目に誕生する伊予の二名島。図では「1-2」にある島です。その島は、四つの顔と四つの名前を持っていると言われています。見づらいんですが、「愛比売/飯依比古/大宜都比売/建依別」という名前がついています。

これらをよくよく見ていくと、愛比売は愛媛県のことだと思ってしまうかもしれませんが、これは地名ではありません。これは声をもって訓む名で、また、見づらくて申し訳ないんですが、上声を表す「上」の記号も書かれています。だから、ここを訓むときは「ええ~↑ひめ」と訓みなさいということが指示されています。すると、その音の印象から、「美しい姫じゃ」という感嘆の声が伝わってきます。

そして、次の名前を見てみると、「飯依比古」はその美しい姫に言い寄ってくる比古、男性という感じで捉えることができます。

natan
natan

あれ、どなたかいらっしゃいましたよね?「おお、美しい人だ」と近づいて誘ってきたお方が。

さらに、言い寄るだけでなく、飯依の「いひ」は「飯」「ご飯」という意味でもあるので、それが次の大宜都比売に繋がっていくようです。後に大宜都比売と似た名前を持つ神、大宜都比売神が登場してくるのですが、その神は食物神です。

大宜都比売の次は「建依別」。食事をした後、何かを猛々しく分かつ時がくると読むことができます。この件については、追々お話していくことになると思います。

他の島も見てみましょうか。

行きのルート「1-3」隠岐の三子島、別名天の忍許呂別を見てみると、その別名は神々が体験する出来事を暗示しているように見えます。

天の忍許呂別は、「おし」は忍耐、我慢、「ころ」は声をもって訓む部分で、イザナキとイザナミが天の沼矛をかき回したときに鳴った音「ここををろろ」に近いものを感じるので、何かを混ぜている様子ともとれますし、何かを創造しているのかもしれません。そして「わけ」は別れるということ。高天原から追い出されたり、袂を分かつ、そんな神々の運命を暗示しているように感じます。

また、還りのルート「2-5」知訶島、別名天の忍男ですが、知訶島の漢字を一文字ずつ考えていくと、「ち」は知ること、「か」はせめる、とがめる、非難するということ。そして別名が天の忍男で、忍は忍耐、我慢。そこから忍耐強く我慢する男と読めます。すると、とある神々が周囲から理不尽なことをされているにも関わらず、それに一生懸命耐えている様子が見えてきます。

一つ前に生まれた「2-4」女島との関連性を考えてみても、とある神はいろんな姫に手を出すが故に、奥さんから責められたり、とがめられたりというシーンもあります。

以上が、私が島々を物語のロードマップだと考える根拠です。これは、本の目次や索引のようなものとしてイメージしていただくとよいかもしれません。

図を見ていただくとわかるように、そのロードマップは八尋殿の中に敷かれています。なので、八尋殿は大きな屋敷ではなく、ロードマップを敷くための領域ではないかなと思います。

このロードマップは、すごろくゲームにも似ていると思います。アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言いましたが、私もそう思います。でも、サイコロは振らない代わりに、天の御柱を廻ることで回転するエネルギーは生まれてしまっていると思うので、それによってすごろくのマス目は強制的に進めさせられるのではないかなと思います。

natan
natan

図にしてみて気づいたんですが、なんか天の御柱と八尋殿って、日の丸国旗に似ていますね。

というわけで、今日は島生みに関するお話でした。今後はこの島生みロードマップを活用して、物語が今どこを通過しているのか、随時チェックしていきたいと思います。

natan
natan

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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