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古事記☆新解釈【10】カグツチ被殺①~イザナキの怒りが大地の噴火と怪物(ヤマタノオロチ&メデューサ)を生み出した!~

古事記☆新解釈「カグツチ被殺①」アイキャッチ 新解釈『古事記』
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本日のトーク内容

以下の内容は、放送内容を加筆修正しています。

皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

前回は、イザナミの死についてお話をしました。今回から、イザナキによって火の神カグツチが殺されるシーンについて触れていきたいと思います。このシーンは解説が長くなるので、複数回に分けてお話したいと思います。

まずはいつものように、読み下し文、現代語訳を読み上げます。声をもって訓む部分は赤字で表記し、特殊な訓読みは原文の横に訓み方を記載しています。参考文献はチャンネル概要欄に記載しています。それでは始めます。

原文/読み下し文/現代語訳

古事記「カグツチ被殺①-1」(原文/読み下し文/現代語訳)

於是伊邪那岐命 拔所御佩之十拳劒 斬其子迦具土神之頸
尒著其御刀前之血 走就湯津石村 所成神名 石拆神 次根拆神 次石筒之男神 三柱

ここに伊邪那岐命、はかせる拳劒つかのつるぎを抜きて、その子迦具かぐつちのかみの首を斬りたまひき。しかしてそのかたなさきける血、湯津ゆつ石村いはむらに走り就きて成れる神の名は、石拆いはさくのかみ。次にさくのかみ。次にいはつつのかみ三柱

伊邪那岐命は、腰に帯びている十拳劒を抜いて、その子迦具土神の首を斬った。そのとき、刀の先に付いた血が湯津石村まで流れついたとき成った神の名は、石拆神、次に根拆神、次に石筒の男神である(三柱の神)。

古事記「カグツチ被殺①-2」(原文/読み下し文/現代語訳)

次著御刀本血 亦走就湯津石村 所成神名 甕速日神 次樋速日神 次建御雷之男神 亦名建布都神 亦名豊布都神 三柱
次集御刀之手上血 自手俣漏出 所成神名 闇淤加美神 次闇御津羽神
上件自石拆神以下 闇御津羽神以前 并八神者 因御刀 所生之神者也

次に御刀のもとに著ける血もまた湯津石村に走り就きて成れる神の名は、甕速みかはやのかみ。次にはやのかみ。次にたけかづちのかみ(またの名はたけふつのかみ、またの名はとよふつのかみ)。三柱
次に御刀のがみに集まれる血、手俣たなまたよりでて成れる神の名は、くらおかみのかみ。次にくら御津羽みつはのかみ

かみくだりの石拆神以下よりしも、闇御津羽神以前よりさきあはせてやはしらのかみは、御刀によりてれる神なり。

古事記「カグツチ被殺①-3」(原文/読み下し文/現代語訳)

次に刀の根元に付いた血もまた湯津石村まで流れついたとき成った神の名は、甕速日神、次に樋速日神、次に建御雷の男神(またの名は建布都神、豊布都神)である(三柱の神)。次に刀を握った手の上に集まった血が、指の間から漏れ出て成った神の名は、闇淤加美神、次に闇御津羽神である。
以上、石拆神から闇御津羽神まで、あわせて八柱の神は、刀に成った神なり。

それでは今日の解説に入ります。

解説

刃の切っ先と根元に血がつく奇妙な状況について

十拳劒とは、こぶし十個分ほどある、長いつるぎのことを言うそうです。

イザナキは、イザナミを失ったことによる激しい悲しみと怒りによって、子である火の神カグツチの首を斬って殺してしまいました。そのとき、刀に付いた血からさまざまな神が成ったようです。首を斬ったのですから、ものすごい勢いで血が吹き出したことでしょう。

その飛び散った血は、刀の先と根元についたとのことですが、何だか変な血のつき方ですよね。この切っ先と根元に血がつくという奇妙な状況は、前回のシーンでイザナミが死んだとき、イザナキがイザナミの枕元と足元で泣いたという行動がその性質を変えて、今回のシーンに継承されたために生じた状況かなと私は考えています。

カグツチ被殺に象徴される自然現象とは

噴火

さて、これまでの『古事記』の展開を考えると、今回のシーンも何らかの自然現象を象徴的に語っていると思われます。それは一体何なのか、そして誕生した神々は何を象徴しているのかを詳しく見ていきたいと思います。

血といえば赤色。人間や動物の血は赤く、その成分には鉄分が多量に含まれています。そして、カグツチは火の神であり、その神の血が飛び散ることで石筒の神や雷神などが誕生していることを考えると、カグツチはマグマや溶岩を象徴した神様だと言えます。マグマも血と同じく赤い色をしていて、なおかつその中には鉄をはじめとする、さまざまな金属や鉱物も含まれているからです。

ということは、今回のシーンが象徴的に語っている自然現象は、山や大地の噴火だと思われます。これは原始の地球における大噴火かもしれません。これまでの『古事記』のストーリーを振り返ると、イザナミはカグツチを生むことでホトを焼き、病に伏せる中生じたのが地熱エネルギーでした。今回は、そのエネルギーが噴火という現象に姿を変えたという展開は、とてもシンプルで自然な流れだと私は思いました。

神々の整理

湯津石村について

カグツチの血に成った神々

さて、ここからは生まれた神々について見ていきましょう。

イザナキがカグツチの首を斬ったとき、刀の先に付いた血が湯津石村まで流れ着いたとのこと。この湯津石村は、そういう名前の村があるという意味ではなく、『古事記』解説書によると、岩石の群れのことだと言われています。

でも、それは「石村」についての解説であり、解説書では「湯津」それ自体には触れられていませんでした。私が考えるに、湯津は湯が湧き出していることを意味すると思うので、湯津石村は熱水が湧いていて岩石がゴロゴロ転がっている場所かなと考えています。噴火口の近くといった印象を受けます。

また、湯津石村に関して、私は直感的に「あ、これは温泉に関する名前っぽいな」と思ったのですが、その理由は、私が住んでいる山梨県には笛吹市いさ町というところがあって、そこが山梨県最大の温泉郷だからです。石和という地域が温泉郷だという点で、湯津石村も同じく温泉郷っぽいなと思いました。

石拆神、根拆神、石筒の男神について

その流れで次に成った神々を見てみると、刀の先に付いたカグツチの血が湯津石村まで流れ着いたとき成った神々が、石拆神、根拆神、石筒の男神の三柱。この神々は、マグマの動きとして読めるなと思いました。岩を割り、根を裂く岩の筒。溶岩が岩を割って根を裂きながら筒状に地上を這っていく様子が感じられるからです。

ですから、ここは三柱だと言われていますが、石筒の男神が、石拆神、根拆神を含みもっている代表的な神で、これら神々は三位一体構造を持っているのかもしれません。

甕速日神、樋速日神、建御雷の男神について

さて続いては、刀の根本に付いた血に成った神々を見ていきましょう。この血も湯津石村まで流れ着いたとのこと。そこに成ったのは、甕速日神、樋速日神、建御雷の男神。

先に建御雷の男神からピックアップしてみると、この神には噴火と同時に起こる激しい雷、火山雷の要素を感じ取ることができます。また、雷の語源は「神の怒り」や「神が鳴ること」だと言われているので、激しいイザナキの怒りも感じ取れますね。

別名の建布都神、豊布都神については、「ふつ」というのは力強く何かが湧いてくる状況を表していそうだなと思いました。「フツフツ」みたいな感じ。火山雷も噴火のとき、溶岩、火山灰とともにその中から勢いよく湧いてくるように見えるからです。または、「ふっ」と口から何かを力強く吐き出す音としても取れるなと思いました。

そして、「建」からは力強く立ち上る様子、「豊」からは豊かさが湧いてくる様子が感じ取れます。雷が多く発生する年は稲がよく育つ、と言われています。その理由は、雷が発生すると大気中のチッ素が固定され、それを稲が利用することで元気に穂が育つからだそうです。

雷は、別名「稲妻」と言います。雷は稲にとって豊作をもたらすよき伴侶、妻のような存在だからそう呼ばれているのだそうです。そのように穀物を豊かに育ててくれる神、それを豊布都神という名前が象徴しているのかもしれませんね。ということは、建御雷の男神は刀の根元についた血から成ったわけですが、刀の根元は稲など穀物の根元、根っこも象徴しているとして読めるかもしれないですね。

続いては、甕速日神、樋速日神にも触れていきましょう。この神々の名前には、「速」と「日」が入っているので、そこから雷の光の速さや明るさが感じ取れます。ですから、甕速日神、樋速日神、建御雷の男神も三位一体構造を持っていて、ここを代表するのが建御雷の男神かなと思います。

しかし、甕速日神の「みか」と、樋速日神の「」の意味がイマイチよくわかりません。ですから、考察を先に進めながら、再度この部分を考えてみたいと思います。

闇淤加美神、闇御津羽神について

次に成った神々を見てみましょう。刀の柄に付いた血が、イザナキの指の間から漏れ出て成った神々。指の間からポタポタと滴り落ちた感じですね。そこに生まれたのが闇淤加美神と闇御津羽神。この神々を考察したとき、私は三つの要素を感じ取りました。

要素1:噴火後の暗さ

一つ目は、闇という字を「暗い」と捉えたとき感じられる、噴火後に火山灰が上空を覆って、世界が真っ暗になる様子です。

要素2:谷の暗さと心理的な恐怖

二つ目は、「くら」は谷の古語でもあるので、闇淤加美神たちから渓谷の暗さや、それを目の前にしたときわき起こってくる心理的な恐怖も感じ取れるなと思いました。

そして、闇淤加美神たちはイザナキの指の間から漏れ出た血によって成った神々で、漏れ出ることを『古事記』は「くきいでて」と訓ませています。「くきいでる」「くきる」とは、群れが来るという意味になります。

そこから私は、何となく手の指の俣の数を数えてみました。

natan
natan

うん、八つありますね。

また、闇御津羽神には「羽」という漢字が用いられているので、私は「羽」「イザナキの手」「指の俣」「八つ」「血が漏れ出る」「群れ」「イザナキの怒り」といったワードをグルグルと頭の中で回転させてみました。すると不思議なことに、私の中に、何者かが両腕もしくは羽を広げて通せんぼしているという情景が浮かんできたんです。

そこで「あ!」と気づきました。この神々から、後のストーリーに出てくるヤマタノオロチの要素を感じるぞと。ヤマタノオロチは、頭と尾が八つあるとても恐ろしい存在で、神の進行を立ち塞ぐ存在です。だから、今回のシーンがそのヤマタノオロチ登場の布石にもなっているのかもしれないなと思いました。

ヤマタノオロチ

さらに、こうも思いました。闇淤加美神は名前に「おかみ」「髪の毛」の要素が入っているので、髪の毛とヤマタノオロチを合体させてみたら、あら不思議。これはギリシャ神話に出てくるメデューサにも似ているぞと。

メデューサについて

メデューサはゴルゴン三姉妹の一人です。ゴルゴンとは、「激しい、恐ろしい、険しい」という意味を持った言葉です。姉のステンノーは「強い女」という意味を名前に持ち、もう一人の姉エウリュアレーは「広く彷徨う女」、そしてメデューサは「女王」という意味を持つとのこと。

natan
natan

あら、闇淤加美神の「おかみ」と何となく近いものを感じますね。

でも、闇淤加美神の「淤」はどろ、にごる、塞ぐという意味を持つ言葉なので、「おかみ」と言っても闇の女王的な印象の方が強いですね。

ちょっと面白い展開になったので、メデューサについても調べてみました。彼女の特徴は…

メデューサの特徴
  • 宝石のような美しい瞳を持つ
  • 目があった者を石に変える
  • 髪の毛が無数の毒蛇
  • イノシシのような牙を生やしている
  • 青銅の腕と黄金の翼を持っている、など

翼を持っている…。闇御津羽神も羽を持っているので、ここにも何やら共通するものを感じますね。

メデューサたちは、元々は美女だったそうですが、神の怒りに触れてしまい、醜い姿に変えられてしまったそうです。神の怒りとは、今回のシーンにも繋がるものを感じますね。ということは、ヤマタノオロチやメデューサ的な恐ろしい存在の誕生には、イザナキの怒りが関わっているのかもしれないですね。

要素3:容器の中の暗さ
カメと樋について

さて、最後、三つ目の要素に話を移します。三つ目は神々の雰囲気がガラリと変わります。

これまでの『古事記』考察を振り返ると、闇という字から容器の中の暗さも感じ取れることが見えてきたわけですが、今回もそのように何かしらの容器が存在し、その容器の中の暗さを闇淤加美神と言っているのかもしれないと仮定して思考を進めてみました。

すると、闇御津羽神には「みつ」という、水や何かしらの液体を象徴する言葉が入っているので、この神からは容器の中で貯蔵されている何らかの液体の要素を感じ取ることができるなと思いました。

そう考えてみたとき、「あ、甕速日神の”甕”をカメ、壺と読めば、容器の中の暗さと話が繋がるぞ」と思ったんです。甕速日神はカメのような要素を持った神様、そして、そのカメの中の暗さを象徴するのが闇淤加美神かもしれないと。

その流れでいけば、樋速日神はその名に「とい」という漢字が入っていて、樋は水を通す管を意味するものなので、この神からは何やらカメに液体を注ぐための道具の要素を感じるなと思いました。そして、そこに注がれた液体を象徴するのが闇御津羽神。

でも、ここでふと疑問が湧きました。その液体とは一体何なのだろう?と。先程、闇淤加美神からヤマタノオロチに繋がる要素を感じ取ったわけですが、ヤマタノオロチのことを考えると、この液体をお酒と捉えてみてもよいかもしれないですね。ヤマタノオロチはお酒を飲むことで泥酔し、そしてスサノヲに退治されるからです。

また、「お酒」「ヤマタノオロチ」と言ったら、欠かせないのがスサノヲ。だから、今回のシーンはスサノヲ登場の布石になる要素が散りばめられたシーンでもあるなと感じました。

結論

というわけで、以上をまとめると、今回のシーンは、イザナキがイザナミを失って激しく悲しみ、それが怒りへと変わり、火の神カグツチを斬り殺してしまうというたいへん恐ろしいシーンを通して、山や大地の噴火を象徴的に描いていると思われます。神の怒りが噴火という大爆発を引き起こしたという感じでしょうか。そして、その怒りが恐ろしい神々を次々と生み出した、ということになるかと思います。

今回発生したマグマは、きっと山々を焼き尽くしたことでしょう。この山を焼き尽くすということが、前回イザナミの死の場面で登場した香山にも繋がると考えます。私は、香山は山が燃えた後の煙の匂いを象徴していると考えているからです。

そして、カグツチの血から成った神々から、お酒やヤマタノオロチに繋がるものも見つけ、そこからスサノヲの要素も感じ取ることができました。スサノヲがお母さんのイザナミに会いたいと激しく泣いたときも、山は枯れ、川も干上がってしまいます。今回のシーンとよく似ているなと思います。だから今回のシーンは、スサノヲに関するロードマップが敷かれたシーンでもあるのかもしれません。

世界に命が宿る

以上が、カグツチの血から成った神々についてのお話でした。ここまでの解説は、少しネガティブな要素の方が目立っていたかもしれません。ですが、『古事記』は物事の両面を描くというルールがあるので、ここからは今日最後のお話として、このシーンをポジティブに捉えた場合どう解釈できるのかについてもお話をして、今日のお話を終えたいと思います。

カグツチの血がマグマを象徴しているとするならば、大地の噴火によって世界は焼き尽くされたことでしょう。しかし、マグマにはたくさんのミネラルが含まれているので、それはこれから芽吹く新しい命にとって重要な栄養素となるはずです。その栄養素を供給したのがカグツチの血だと考えてみると、いよいよ世界に新しい命が宿る瞬間がやってきたという感じかもしれません。ワクワクしてきますね!

そしてお話冒頭で、血は赤色、鉄分を含むとお話しましたが、じつは、血は何も鉄分だけでなく、銅の方を多く含む生物もいます。それは海の生物です。イカやタコ、エビなどの甲殻類は血が青いです。その理由は、酸素を運ぶタンパク質であるヘモシアニンに銅が含まれているからだそうです。

ですから、カグツチの血は鉄と銅、その両方を含んだものとして考えてみると、今回のシーンは陸と海、その両方で新しい生態系誕生の準備が着々と進んでいると解釈することができるなと思いました。今回の噴火は海底噴火としても読めますしね。

「海にもこれから新しい生態系が生まれていくんだなあ」とほんわかした気持ちで考えていたら、「あれ、そういえば、タコも足が八本だ。ヤマタノオロチっぽい…。もしかしたら、海の中にもヤマタノオロチっぽい怪物が誕生しているかもしれないぞ」と、そんなことも思いました(笑)

natan
natan

ポジティブに終わろうとしたら、結局ネガティブに行き着いちゃいました(笑)

ということで、今日の解説は以上になります。次回も引き続き、カグツチが殺されるシーンを、今度は別の角度から考察してみたいと思います。

natan
natan

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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