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古事記☆新解釈【40】アメウズメと八百万神/なんでこんなにうるさいの!?騒音だらけの高天原

天石屋戸②アイキャッチ 新解釈『古事記』
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本日のトーク内容

以下の内容は、放送内容を加筆修正しています。

皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

前回は、高天原において、スサノヲが投げ落とした馬と機織り娘との関係性についてお話をしました。今回は、天石屋戸にこもってしまったアマテラスを引っ張り出すために登場してくるアメウズメと八百万神についてお話していきたいと思います。

原文/読み下し文/現代語訳

古事記「天岩屋戸②-1」(原文/読み下し文/現代語訳)

是以八百萬神 於天安之河原 神集[都度比]集而 高御 巢日神之子 思金[加尼]神令思而 集常世長鳴鳥 令鳴而 取天安河之河上之天堅石 取天金山之鐵而 求鍛人天津麻羅而 科伊斯許理度賣命 令作鏡 科玉祖命 令作八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠而……

ここをもちて八百万やほよろづ神、天安あめやすの河原に神集かむつどひ集ひて、高御産巣日たかみむすひ神の子、思金おもひかね神に思はしめて、常世とこよ長鳴鳥ながなきどりを集め鳴かしめて、天安河あめやすかはの河上の天堅石あめかたしはを取り天金山あめかなやままがねを取りて、鍛人天津かぬちあまつまらぎて、いしこりどめ命におほせて鏡を作らしめ、玉祖たまおや命に科せて八尺勾璁やさかまがたま五百津いほつみすまるの珠を作らしめて……

古事記「天岩屋戸②-2」(原文/読み下し文/現代語訳)

召天兒屋命 布刀玉命而 内拔天香山之眞男鹿之肩拔而 取天香山之天之波波迦而 令占合麻迦那波而天香山之五百津眞賢木矣 根許士尒許士而 於上枝 取著八尺勾璁之五百津之御須麻流之玉 於中枝 取繫八尺[八阿多]鏡 於下枝 取垂[志殿]白丹寸手 靑丹寸手而 此種種物者 布刀玉命 布刀御幣取持而 天兒屋命 布刀詔戸言禱白而……

天兒屋あめこや命、ふとだま命をして、天香山あめかぐやま真男鹿まをかの肩を内抜うつぬきに抜きて、天香山の天のははかを取りて占合うらなまかなはしめて、天香山の五百津真賢木いほつまさかきこじにこじて、上枝ほつえ八尺勾璁やさかまがたまの五百津のみすまるの玉を取り著け、中枝なかつえ八尺鏡やあたかがみを取りけ、下枝しづえしらにきて、青にきてを取りしでて、この種種くさぐさの物は、ふと玉命、ふと御弊みてぐらと取り持ちて、天兒屋命、ふと詔戸言禱のりとことほまをして……

古事記「天岩屋戸②-3」(原文/読み下し文/現代語訳)

天手力男神 隱立戸掖而 天宇受賣命 手次繫天香山之天之日影而 爲縵天之眞拆而 手草結天香山之小竹[佐佐]葉而 於天之石屋戸伏汙氣登杼呂許志 爲神懸而 掛出胸乳 裳緒忍垂於番登也 尒高天原動而 八百萬神共咲

天手力男あめたぢからを神、戸のわきに隠り立ちて、天宇受売あめうずめ命、天香山の天の日影を手次たすきけて、天の真拆まさきかづらとして、天香山の小竹葉ささば手草たぐさひて、天の石屋戸いはやとうけ伏し踏みとどろこし神がかりして、胸乳むなちをかき裳緒もひも番登ほとれき。しかして高天原とよみて、八百万神共に笑ひき。

古事記「天石屋戸②-4」(原文/読み下し文/現代語訳)

そのため、八百万神は天安河の河原に一同に会して、高御産巣日神の子である思金神に考えさせ、常世の長鳴鳥を集めて鳴かせ、天安河の河上の天堅石から天金山のくろがね(鉄)を取り、鍛冶の天津麻羅を捜し求め、伊斯許理度売命に鏡作りを科し、玉祖命に大きな勾玉の玉飾り作りを科し、天児屋命と布刀玉命を呼んで、天香山の真男鹿の肩の骨を丸抜きにして、天香山のウワミズザクラを取って占わせ、天香山の枝葉が繁った榊を根のまま掘り起こし、上の枝にみすまるの玉を取りつけ、中ほどの枝に大きな鏡をかけ、下の枝に木綿の布と麻の布を垂らし、この様々な物を布刀玉命が御幣として持ち、天児屋命が祝福の祝詞をあげ、天手力男神は戸の脇に隠れて立ち、天宇受売命は天香山のサガリゴケをたすき掛けして、ツルマサキを髪飾りにして、天香山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸に空の桶を伏せてその上に乗って踏み鳴らしながら神がかりして、胸を露出させ裳の紐を女陰に垂らした。すると高天原が鳴動して、八百万神はみな大いに笑った。

解説

今日お話する内容六つ

今日取り上げるシーンはここまでです。今回のように新しい神様がたくさん出てくるシーンはいつも抽象性が高く、物語が先に進まないと全体像が見えてこないので、今日は現時点でお話できることを六つほどピックアップしてお話し、全体像については次回以降からお話していきたいと思います。

  1. 儀礼の起源神話
  2. 神々が歌い踊り大笑いしている理由
  3. 天香山
  4. モノ作りが科せられている理由
  5. 高天原は数が多くてすべてが巨大
  6. 高天原は騒音の世界

①儀礼の起源神話

今回のシーンでは、神聖な場で用いられる榊や御幣などが出てきているので、このシーンは単純に儀礼の起源神話になっていると言えます。

榊
御幣

②神々が歌い踊り大笑いしている理由

儀礼の起源神話ではありますが、アマテラスが天石屋戸にこもってしまったことは、天文学的に言えば、日食が起こったのであり、それは太陽の死を意味する出来事です。そんな状況下で、アメウズメが肌を露出させて踊ったり、それを見た八百万神が大笑いしたりするのは、とても奇妙です。なぜ神々は歌い踊り、大笑いしているのでしょうか?

まずは情報を一つずつ整理していくと、今回のシーンは八百万神が天安河の河原に集まって、アマテラスをどうやって引っ張り出すか、会議を行っています。「タカミムスヒの子である思金神に考えさせ…」とあるので、この神は思考や物事の判断を担っていると思われます。

そして、いろんな神に命じて鉄を取ったり鏡や玉飾りを作らせたりしているので、ここではモノ作りの神様たちも登場しているようです。

続いて、天兒屋命と布刀玉命の二神が、鹿の骨を用いた占い(卜骨ぼっこつと言う)を行っているようです。古代では、ウワミズザクラを燃やして、その火で骨を炙って割れたヒビの形状を見て吉凶を占っていたそうで、現在でも新しい天皇が即位したときに行われる大嘗祭では、新米の産地の選定にこの占い(亀卜きぼく)が行われているそうです。

たぶん、この占いの結果が良いものだったから、天児屋命が祝福の祝詞をあげて、みんなが喜んでいるのではないでしょうか?太陽が死んでいるのに、それが吉兆とはどういうことなのか。それは三つ目の項目を見ていくと理由がわかってきます。

②神々が歌い踊り大笑いしている理由

③天香山について

今回、天香山という言葉が頻繁に出てきているので、このシーンは母であるイザナミが死んだ場面で出てきた香山とリンクさせて読めばよいということがわかります。そのシーンを振り返ってみると、古事記解説第9回でお話したように、そこではお葬式のような場面が描かれていました。ですから、やはり太陽も死んでいると言えますね。

母イザナミの死の場面において、私は香山という言葉から匂いに関することを嗅ぎ取り、もしそこでイザナミのお葬式が行われているとするならば、その周辺にはお線香的な香りが漂っているはず。だから、その山を香る山(香山)と言っているのではないだろうかということをお話させていただきました。

また、イザナキの涙から泣澤女神が生まれ、その女神は死んだイザナミの股の部分にいると言われていました。股は男女が愛し合う性愛の場であり、そこで新しい命も生まれます。

そういったことを踏まえて、改めて香りについて考察したところ、香山から香木と呼ばれるロマンチックで甘いお香の香りも感じ取れることがわかりました。奈良の正倉院には蘭奢待らんじゃたいと呼ばれる香木が保管されていて、それは杏仁豆腐のような甘い香りがするそうです。

そして、今回のシーンで出てきたウワミズザクラも、傷をつけたり燃やしたりすると、杏仁豆腐のような甘い香りがするそうなので、やはり今回のシーンはイザナミの香山とリンクしていることは間違いないようです。

③天香山について

しかも、甘い香りが儀礼中に漂っていることを考えると、何やら今回も性愛に関することが語られている可能性が高いと言えます。現に、アメウズメも女性の秘部を露出させていますからね。

占いで吉兆が出て、祝福の祝詞があげられたことも含めて考えてみると、太陽の死に対する場違いな踊りと大笑いは、天香山が持つ性愛の力によって太陽が再生することが占いによってわかったから、みんなは大喜びしているのだと思われます。しかも、その再生はただの再生ではなく、セクシーな形で起こるらしい。その詳細が次回以降から明らかになっていきます。

④モノ作りが科せられている理由

ということで、四つ目の項目に移ります。モノ作りが科せられている理由について。今回登場した神々を整理していたとき、あることに気づきました。

思金神を筆頭に役割を持った神がそれぞれペアになって任務を遂行しているようなのですが、注目してほしいのが、【2】と【3】の伊斯許理度売命と玉祖命組で、原文ではこの者たちにモノ作りを「科した」と書かれています。

「科す」ということは、この二神は罪を犯していて、その罰としてモノ作りが科せられているということになるのですが…。なぜこの二神にモノ作りが科されているのでしょうか?何か悪いことでもしたのでしょうか?その理由をいろいろ考えてみたところ、伊斯許理度売命が作る鏡を通して、何となくその理由が見えてきました。

④モノ作りが科せられている理由01

伊斯許理度売命

鏡は光の反射を通して、自分自身を見る道具です。ですが、もっと本質的なことで言えば、鏡は自分の見えない部分を映し出す道具であり、心理学的には見たくないものを見せる、自覚させる道具だとも言えます。

そのことはイザナキとイザナミの関係性で考えるとわかりやすく、イザナキの心を映す鏡がイザナミで、彼の腹黒さや欲望を映した世界が黄泉国、その世界に死んだイザナミはいました。その世界でなんやかんやあって最後イザナキが逃げるとき、彼は巨大な岩で道を塞ぎ、追ってくるイザナミや雷神たちを阻止しました。

この岩の名前は、道反ちかへしの大神と言います。道を反転させる神という意味です。ですから、「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があるように、その岩は二神の間を分かつことで、イザナキに黄泉国は自分の腹の中の世界であること、怒りに任せてカグツチを殺してしまった彼の非情さ、そしてイザナミの「中を覗かないで」という約束さえ守れない心の弱さなど、彼が犯した罪と心の未熟さをその岩は自覚させたんですね。

④モノ作りが科せられている理由02

二神の間に置いて自分の見えなかった部分を見せた、自覚させたその岩が、じつは鏡の原型になっているようです。だから、今回のシーンで大きな鏡を作る神の名前が伊斯許理度売命、つまり「石で止める」神になっているのだと思われます。つまりこの神は、黄泉国で出てきた巨大な岩、道反の大神とリンクしているということですね。

④モノ作りが科せられている理由03

玉祖命

その流れでいくと、【3】玉祖命の方は大きな玉飾りを作らされているので、この神も、同じく黄泉国で出てきたものとリンクしていると思われます。たぶん、雷神たちを追い払った桃の実、意富加牟豆美おほかむづみ命ではないかなと思います。

黄泉国で出てきたブドウやタケノコには名前が付いていないのに、桃の実だけは立派な名前が付いているという不思議さ。そして、意富加牟豆美命の「意富」は大きいという意味で、桃の実はブドウと比べると大きく、また、大きな玉飾りともサイズ感が近いので、玉祖命は意富加牟豆美命とリンクしているのではないかなと思います。

④モノ作りが科せられている理由04

モノ作りが科せられている理由(答え)

ということで、以上のような考察を通して、なぜ伊斯許理度売命と玉祖命にモノ作りが罰のように科せられているのかと言うと、その神々の出自が黄泉国、つまりイザナキの罪深い世界と関係しているからだと思われます。

でも、それはネガティブではなく、ポジティブなこととして私は捉えています。なぜなら、「あれが欲しい、これが欲しい、もっとこういうヤツが欲しい」という欲望がモノ作りの原動力になるからです。今回のシーンでは思金神が「鏡が欲しい!玉飾りが欲しい!」と思ったから作らせているので、欲望のすべてが悪いことではないと思います。ただ、一応古事記としては黄泉国に出てきた岩と桃にこの二神が関係していることを伝えるために「科した」という表現を用いているのではないかなと思います。

⑤高天原は数が多くてすべてが巨大

ということで、この考察からわかったことが五つ目の項目になります。高天原は数が多くてすべてが巨大だということについて。

今回のシーンは全体を通して、大勢の神々という意味を持つ八百万神が登場しています。そして、伊斯許理度売命が作る鏡は八尺やあた、つまり大きいのであり、玉祖命が玉飾りに用いる勾玉も八尺やさか、大きい、もしくは数が多いと記されています。さらに、布刀玉命は太い御幣を持ち、天手力男神は怪力の神です。ですから、このシーンは数が多く、あらゆるものが巨大で、かつ重いものを持てる力自慢な神々が登場していることがわかります。

なぜ高天原のすべてが数が多く巨大なのかというと、太陽神アマテラスが巨大で、かつ、彼女は金(ゴールド)のように重量的にも重い女神だからだと思います。その女神を天石屋戸から引っ張り出すとなると大勢の力と怪力が必要になるため、それに対応できる神々が登場しているのではないかなと思います。

⑤数が多くてすべてが巨大

⑥高天原は騒音の世界

ということで、最後六つ目の項目、高天原は騒音の世界について。今回のシーンだけでなく、スサノヲが高天原に上ってくるところから、今の今までずっと騒音続きなことに皆さんはお気づきだったでしょうか?

スサノヲが高天原に上ってくるときに生じた大地の鳴動を皮切りに、それに驚いたアマテラスは雄たけびをあげるわ、スサノヲは田畑をめちゃくちゃにしたり屋敷の天井から馬を投げ落としたりするわ、それにショックを受けてアマテラスが引きこもってしまうと悪しき神の声がうるさい蠅のように満ちて世界に災いが起こるわ、思金神は常世の長鳴鳥を集めて鳴かせまくるわ、アメウズメたちは歌い踊り大笑いをしてまた大地が鳴動するわで、ずーっとうるさいんです。

でも、冷静になってその騒音に耳をすませてみると、外から集まってくる蝿のような騒音と、スサノヲの破壊や八百万神の笑いのように、内から発せられる騒音との二種類があるようなんですね。ですから、音に関しても古事記特有の対称性は取られていて、前者の騒音は周囲からやってくる不安や恐怖の音、後者はそれを跳ね除け分散させる音に分けられるのではないかなと思います。漢字で言えば、前者が「」、後者が「」のエネルギーですね。

⑥騒音の世界01

このような騒音がなぜ高天原で発生しているのかというと、そこには様々な理由があるのですが、一つだけお話すると、前回お話したアマテラスが促されている何らかの成長をその騒音が暗喩的にほのめかしているからです。

そもそも高天原で騒音が発生するに至った起源はどこなのかを探ってみると、イザナキの禊シーンまで遡ることになります(古事記解説は第22回)。そこでは、イザナキが脱ぎ捨てたものからいろんな神が誕生していて、その中に冠から生まれた飽咋あきぐひ宇斯能うしの神という腹の蟲の神と、衣から生まれた和豆良比能宇斯能わづらいのうしの神という子宮の蟲の神がいました。子宮の蟲とは、たとえば陣痛のような子宮の痛みに関するものです。私は、この二神が騒音の起源神だと考えています。

この二神の誕生によって、高天原に騒音が発生しているんですね。また、二神の特徴から考えるに、その騒音はお腹と子宮から生じていると言えます。さらに言えば、その場所こそがアマテラスが成長を促されている場所でもあるんですね。さあ、彼女の成長とは一体何なのか?次回、その答えをお話しますね。

⑥騒音の世界02

ということで、以上がアメウズメと八百万神登場シーンから読み取れる六つのことについてのお話でした。

natan
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それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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