本日のトーク内容
はじめに
皆さんこんにちは、natanです。さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。
前回はヲロチの容姿解説前編として、「②一つの胴体に八つの頭と尾がある」、「④身長は八つの渓谷と八つの峡谷に及ぶほど長い」、「⑤腹は血でただれている」について触れました。今回は後編として、残りの①と③を取り上げていきたいと思います。

①目は赤かがち(ホオズキ)のように燃えるような赤い目をしている
まずは「①目は赤かがち(ホオズキ)のように燃えるような赤い目をしている」から見ていきます。
ホオズキについて
赤かがちは植物のホオズキのことで、漢字では「鬼灯」と書きます。その姿が提灯に似ていることから、ホオズキは旧暦のお盆である7月15日にご先祖様の霊を迎える目印として昔から飾られてきました。
前回お話したように、ヲロチの出自にはイザナキが深く関わっているので、祖霊を迎えることはイザナキを迎えること、とも読めそうだなと私は思いました。
また、このホオズキは7月を代表する植物なので、これは季節の存在を示唆している可能性もあるなとも思いました。というのも、古事記において現時点ではまだ季節は誕生していないからです。ホオズキは「これから季節が生まれるよ」という知らせになっていると私は考えました。

季節の誕生について
そうしたとき私はふと、人類学者レヴィ=ストロースのある言葉を思い出しました。彼はアメリカ先住民の神話研究を通して、山が創造された後に季節が誕生していることに気づき、「山の出現は季節の誕生に先立つ」と話していたんです。
そう言われてみれば、これは神話に限らず現実でもそうで、たとえば日本の梅雨もヒマラヤ山脈が出来たことでもたらされたと言われているので、彼の教えは「なるほどな」と思いました。
その教えを参考に、改めてヲロチの身体が八つの渓谷と峡谷にまたがることの意味を考えてみたら、もしかしたらヲロチの背後にはたくさんの山が潜在的に存在しているという意味なのかなと私は思いました。

どういうことかと言うと、古事記ではこれまで香山という名前の山が出てきていたので、私はてっきり「古事記の世界に山は既に存在している」と思っていたのですが、それは霊山的なもので、物理的なというか、人間の生活を支える山はまだ誕生していないのかもしれないと思ったからです。
だから、ヲロチの身体が八つの渓谷と峡谷にまたがるというのは、ヲロチ退治は結果的に人間の生活の場となる山々の出現に繋がり、それが季節を生み出すことになる、ということなのかなと思いました。それをほのめかしているのがホオズキ。
であれば、ヲロチが年に一回やってくることは、やはり季節的な動きを象徴したものだと私は思います。

③ヲロチの表面にツタ・コケ、ヒノキ、スギが生えている
さて、つづいては「③ヲロチの表面にツタ・コケ、ヒノキ、スギが生えている」を見ていきます。この件に関しては、意外や意外、日本を飛び越えてアメリカ先住民の神話から解読のヒントを得ることができました。
浮島説
アメリカ先住民の神話にもヲロチに似た話があり、そこに登場する大蛇にはツノが生えていたり植物が繁殖したりしています。この件についてレヴィ=ストロースはこう話していました。その大蛇は増水した川を象徴したもので、その大蛇に生えているものは、川が増水したときに現れる浮島であると。
彼いわく、たとえばアメリカのミズーリ川では、春に起こる増水によって岸から地面が切り離されて浮島ができるそうで、その島は葉や花をつけた木々に覆われ、あるものは立ったまま、あるものは倒れた状態で流れてくるとのこと。
であれば、ヲロチの表面を覆っている植物も浮島の可能性が考えられます。

斜面崩壊説
ただ古事記の場合、日本の川は山との距離が近いことや、アメリカ大陸の川よりも川幅が狭く急流でもあるので、ヲロチがまとう植物を増水で発生した浮島と考えるよりは、激流によって山の斜面が根こそぎ剥がれ落ちる斜面崩壊と考えたほうが日本の実状に合いそうだなと私は思いました。

さらに私はもう一つ別の解釈も思いつきました。それは、木材流送という考え方です。
木材流送説
木材流送とは、河川の水流を利用して伐採した木材を運搬する方法で、かつては主要な木材輸送方法でした。ヲロチに生えている樹木がヒノキとスギであることがヒントで、これらは古来より日本の文化や生活を支えてきたからです。先人たちはそれらを伐採しては川の流れを使って運んでいたため、ヲロチがまとう植物は木材流送を意味していると私は考えました。
でも、ここで一つ疑問が湧いてくるかと思います。「木材流送には穏やかな川の流れが必要になるから、ヲロチという暴れ川ではできないんじゃないの?」と。じつは、ヲロチは自身の姿を通して斜面崩壊を防ぐ方法も教えてくれていた、ということが見えてきたんです。

斜面崩壊を防ぐ方法
斜面崩壊は大雨や地震などが引き金になって起こるもので、そうなってしまう理由の一つに軟弱な土壌の存在が挙げられます。山に木が密集して生えると地表に日光が届かなくなり、土壌が痩せてしまうことで、外部からの刺激に弱く、斜面崩壊が起きやすい森になってしまうからです。
斜面崩壊を防ぐ有効な手立ては、木を適度に伐採すること(つまり間引くこと)。そうすれば、日光が地面に当たって下草が生えることで土壌が肥え、また木も太い根を張ることができるので災害に強い森ができます。そして、そこで伐採された木が私たちの文化や生活を支える木材として活用されてきたんですね。

ですから、ヲロチは自身の姿を通して私たちに知恵を授けてくれていたようなんです。ヲロチは、木を適度に伐採すれば斜面崩壊は起こりづらくなること。伐採した木は私(ヲロチ)の背中に乗せて運べばいいこと。伐採する植物をツタ、ヒノキ、スギにして、それらを用いて文化を築けばいいこと。
つまりは、防災(減災)活動を通じて森が健康になれば、人間はその恩恵を享受できることをヲロチは教えてくれていたことがわかりました。

ヲロチは賢い神だった?
「ヲロチにそんな側面があっただなんて!」と驚かれる方も多いかもしれませんが、じつは『日本書紀』の一書曰の中にこういう記述があるんです。
「素戔嗚尊、蛇に勅して曰はく、『汝は是可畏き神なり。敢へて饗せざらむや』とのりたまひて…」とあり、スサノヲはヲロチを「賢い神」と呼んで、「しっかりもてなさなければいけない」と言って、ヲロチをお酒でもてなしたと書かれているんです。
彼がヲロチを「賢い神」と呼んだのは、今日の話で言えば、斜面崩壊(土砂崩れ)から身を守る術や森林資源の活用方法、木材の運搬方法などを教えてくれるからではないでしょうか?
ヲロチは災害を象徴する怪物なのに防災(減災)の知恵も持っているというのは、古事記の特徴である矛盾する二つのものの対称性をきっちり取るというスタンスが見事に現れたシーンだなと私は思いました。

植物の種類について
それでは次に、ヲロチに生えている植物を具体的に見ていきます。「蘿」という漢字はコケとも読むので、ここで生えているのは厳密にはツタとコケ、ヒノキとスギの四種類になるかと思われます。その中で、ツタ、ヒノキ、スギと、コケ、ヒノキ、スギの二グループに分けたら何個か共通点が見つけられたので、それでお話していきたいと思います。

ツタ、ヒノキ、スギグループの共通点
まず、ツタとヒノキとスギグループから見ていくと、共通点は二つほど見つかりました。一つはこれらの植物がお酒造りに関わっている点です。お酒はヲロチを退治するために造られますが、スギはお酒を入れる樽になり、ヒノキはお酒を量るときの枡になります。ツタはつる性植物という属性で考えた場合、山ブドウなどがお酒の材料になります。
二つ目は、これらの植物が建築材料になる点です。ヒノキは耐久性と強度を持つため、古くから神社仏閣や住宅の柱材に用いられてきました。スギは軽量で柔らかく断熱性や通気性に優れているので、構造材から内装材、家具などに用いられ、ツタのようなつる性植物は、木材同士の固定や、外壁材や屋根材などに用いる葦やススキなどの草を縛る紐になります。
ヲロチを退治した後スサノヲはお宮を創建するので、それに関連したものかなと思います。

コケ、ヒノキ、スギグループの共通点
今度はコケ、ヒノキ、スギグループを見てみると、こちらも二つほど共通点があり、一つは胞子や花粉を飛ばして子孫を残す点です。
二つ目は、これら植物が長寿に関係している点です。コケは『君が代』で「コケのむすまで」と歌われているように、非常に長い年月が経つことの比喩として用いられます。ヒノキは伐採後に強度が増し、その耐久性は優に1000年を超えます。スギは縄文杉に見られるように数千年の寿命を持ち、またその樹高は日本の木々の中で一位を誇ります。ですから、ここから子孫繁栄に対する思いが読み取れるなと私は思いました。

以上、二グループ計四つの共通点をご紹介しましたが、これ以外にも共通点はあると思うので、見つけ次第お話できればと思っています。
おわりに
というわけで、前編後編を通してヲロチの容姿を解説してみました。今回は前回と違って暗黙的に語られている部分を読み取ることが多かったなという印象です。神話はそういった暗黙的に語られている部分を読み取ることで全体像が見えてくるので、今回お話した内容は次回以降の場面を読み解く際に重要なヒントを与えてくれると思います。
次回はスサノヲがクシナダヒメに結婚を申し出る場面を取り上げ、解説していきたいと思います。

それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!
