ようこそ、コスモ・ライフォロジーへ♪

古代ローマの愛の形~女性は戦利品、奴隷制、政略結婚~

宇宙と性愛
natan
natan

私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、古代ローマの恋愛観についてお話します。

▼ 参考文献 ▼

◎前回までのお話はこちら↓

スポンサーリンク

女は強い男がゲットするもの

紀元前2世紀に、ローマがギリシャを制圧します。

ローマは軍隊がとても強かったのですが、大した文化を持っていないため、ギリシャを模範としてローマ文化を混ぜ合わせながら文化を作ってきました。

そして、ギリシャ神話がローマにも流れてくることになり、土着の神話も混ざって、古代ローマの恋愛観の背景になりました。

古代ローマは約1,000年もの間続いたため、そこでの恋愛を強引に一言でまとめると…

女は強い男がゲットするもの

でした。

野蛮で乱暴な軍人文化なので、この世は戦場であり、力比べがすべて。

だから女も力で奪い取れ!ということだったようです。

女性は戦利品であり奴隷だったわけです。

サビニの女たちの略奪
ピエトロ・ダ・コルトーナ『サビニの女たちの略奪』

現代の感覚からすると、とても正気とは思えませんが、当時の女性にとっては、そのように略奪されることによって生きていくことが当たり前として受け止められていたのかもしれません。

征服される喜びというか、なんというか…。

自我発達と社会構造の観点から見ても、そうとらえる方がしっくりきます。

古代ローマの愛の詩人、オウィディウスが出版した「恋愛指南」という本にこう書かれています。

女が接吻を与えてくれなかったら、与えられないものは、奪ったらよかろう。
はじめのうちはきっと抗って「失礼な人ね」と言うだろう。
だが抗いながらも、女は征服されることを望んでいるのだ。

natan
natan

「嫌よ嫌よも好きのうち」ってやつでしょうか…。

また、当時の女性は純潔や処女性が大事という考え方もありました。

その理由は、極端な言い方をすると、「女は”もの”だから、新品がいい」という考えがあったのかもしれません。

natan
natan

(゚Д゚)ハァ?

オウィディウスの女性崇拝…?

過激な女性蔑視な視点も持ちつつ、しかし女性にキスをするときは優しくする、という女性崇拝の視点もあったそうです。

また愛の詩人、オウィディウスに語ってもらいましょう。

ただ、乱暴に接吻を奪って、柔らかい唇を傷つけたりしないように。
手荒な接吻だったと、彼女が文句を言ったりしないようにすることだ。

強引に奪ってきた女性を、その後愛おしむ感じでしょうか?

通常、出会いが最悪なら、その後何されても嫌なもんは嫌ですけどね!!

あ…、それは女性にとっての「ギャップ萌え」?(笑) 「花より男子」の道明寺司的な(笑)

なので、この時代の恋愛観は女性蔑視と女性崇拝、粗暴さと洗練さの間をジェットコースターのように行き来するという、一見

natan
natan

情緒不安定やんけ!

と、叫びたくなるような世界だったようです(笑)

まぁ、あくまでこれはオウィディウスの恋愛指南なので、ローマ人たちがみんなそうだったとは言えないかもしれませんね。

ただ、オウィディウスの書籍「恋愛指南」は、ローマの恋愛を語る上で素晴らしいテクストの一つだそうです。

奴隷制度

古代ローマにおいて、重要な社会制度に「奴隷制」があります。

古代ローマは奴隷社会であり、人口の3/4くらいが奴隷だった時期もありました。

奴隷制

そして、奴隷と貴族とでは恋愛観は違ったようです。

貴族の間では、逆に性道徳はちゃんとしていたようです。

ローマ人の貴族にとって最も大事なことは、ローマの血統、家の血統を守ることでした。

なので、浮気は絶対ダメ!

なぜなら、誰の子かわからなくなり、家の血が不純なものになるからです。

そのため、貴族の領主は妻が浮気をしているのを見たら、その場で殺しても良かったそうです。

ちなみにローマはギリシャを受け継いでいるので、男性中心主義であり、ものすごい家父長制だったそうです。

領主は家の名誉のためであれば、自分の妻も子供も殺しても良かったそうです。

natan
natan

(ノ><)ノヒィイイイ!!

政略結婚

そしてこの時代における貴族の結婚は、お家のためなので、

政略結婚

でした。

今と違って、愛は結婚の原理ではなかったのです。

「愛のない結婚」ですね。

自由恋愛はどうなっているかというと、それこそが奴隷とするものだったそうです。

貴族同士では性道徳がしっかりしてはいましたが、領主と奴隷の間ではそんなものはなく、やりたい放題だったようです。

しかも、それも男性である領主だけの特権です。

領主は奴隷の中から愛人を選びます。

奴隷にとっても愛人に格上げされるのなら、願ったり叶ったりの気分かもしれませんね。(その後、捨てられる可能性もあり)

性愛観

そして、貴族男性はギリシャ時代と同じように「バイセクシャル(両性愛)」だったようです。

ローマ人はギリシャ人よりもさらに征服する、支配しコントロールする、という要素を大事にしていました。

そのため男性と妻とのセックス、女奴隷そして男奴隷とのセックスも結局は「俺が支配者だ!」ということを誇示するためのものだったようです。

昭和の日本なら「男なら稼いでなんぼ」という価値観でしたが、ローマ人は「男は支配してなんぼ」。

そういった時代において、やはりここでも女性は政治利用するための”もの”だったり、セックスするための”もの”だったと思われます。

次回はキリスト教における恋愛観についてお話します。

次回もお楽しみに♪

タイトルとURLをコピーしました