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【ろじろじラジオ】第39回放送★元型の取り込みと個性化について

元型とはアイキャッチYoutube
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

このページでは、私が運営しているYoutube「ろじろじラジオチャンネル」第39回放送時のトーク内容全文をご紹介します。

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本日のトーク内容

以下の内容は、原文を加筆修正しています。

元型についてのおさらい

さあ、始まりました「ろじろじラジオチャンネル」。本日もよろしくお願いします。

今日はユング心理学の重要概念である「元型」について、深掘りをしていきたいと思います。

おさらいですが、「元型」とは私たちの集合的無意識内で働く心の動きのパターンのことです。今現在の元型はそのように私たちの心の中で働く、いわば本能行動の「振る舞いの型」として機能しているわけですが、その始まりは神話の時代まで遡り、当時元型は神の力、そして神そのものとして活動していました。

神話の時代、古代人たちは無意識の世界の中で、さまざまな元型、つまりさまざまな神の力のままに操られて生きていました。しかし、人間に意識が生まれることによって、それら元型は人間の集合的無意識の世界へと住む場所を変え、人間の内側で本能的機能として活動するようになりました。よって集合的無意識とは、さまざまな元型の集まりのことであり、それら元型の働きによって集合的無意識は活動しています。

元型は遺伝的性質を持つ

人類

さらに元型は、遺伝的な性質も持っています。元型は祖先たちの無数の類型的な経験が集まって形を取ったものであり、膨大な個々人の体験の平均でもあります。そのような祖先の体験の集積でもある元型は、人間一人の人生においては、その発達段階において、自動的にそのときにふさわしい元型が発動するようになっています。

たとえば、人生には節目ごとに出来事が起こります。

人生の節目に起こる出来事の一例
  • 母子関係
  • 親からの独立
  • 集団ー社会への入会
  • 超越的な体験
  • 性的な体験
  • 他者の死

私たちは節目ごとに違う体験をしていくわけですが、これら体験は個人的なものではなく、人類が歴史を通じて共通して体験してきた出来事であり、その出来事やそこで体験する内的な経験やイメージは、元型が発動するから体験できることなのです。

ということは、元型というものは平たく言えば、私たち一人ひとりの人生を動かすソフトウェアやアプリのような機能だと言えるかもしれません。この内的アプリである元型が、人間の発達段階に応じて自動的に発動するようです。

ヌーソロジーの観察子構造も人間意識の発達として、ψ9から7年周期で発達していくと言いますが、この観察子の発展の仕方も、もしかしたらユングの元型を参考にしているかもしれません。

元型の新しい布置

そしてこの元型は、人生の前半では受動的に経験させられるのですが、その受動的経験を終えた人生の後半において、その経験を意識化し、その経験の本質を理解し、自分の中にそれらを取り込み、新たな自分の像を見出していこうとするとき、元型は新たな布置を得て、新たな働きをするようになります。

イメージとしては、過去を振り返ったとき、「あそこでの学びは今の◯◯に繋がる」とか「あの経験があったからこそ今の自分がある」というように、過去の体験を再解釈することで人生の視野が広がりますよね。それは端的に言えば、元型を自身の内側に取り込んだ、元型を克服できたということだと考えます。元型としっかり向き合うことで、元型は分化し、その人の中で新しい機能として発達、進化していくようです。

個性化について

多様性

ユングは、人間の進化は心の全体性である自己(セルフ)に近づくことだと話します。これを「個性化」といいます。その個性化はヌーソロジーがいう「霊的個体化」と同じ意味だと考えます。

元型の克服、そして元型の意識的な取り込みは、個性化へ向かうためには必要な過程になります。逆にそれは、元型に翻弄される人生、元型に操られる人生ではなく、元型を上手にコントロールできるようになることが求められる、というわけです。

私たちは自分の意志で人生を歩んでいると思っているのですが、じつは元型のままに生かされています。さらに驚くべきことは、自分だけが感じているであろう◯◯という感情、そして◯◯という思考、さらにそこで表現される反応も、じつは自分の反応ではなく、元型に備わっているパターンのままに反応しているということ。それはまるでロボットです。

元型は集合的無意識内で働く機能だとお話しましたが、元型のままに生きることは、言い換えるとそれは、集合的無意識のままに生きている、とも言えると思います。だから、元型を克服し、それを上手く取り込むことができれば、元型の操りから解放され、本当の意味での個性がそこで生まれてくることになります。

元型を取り込めない場合

嵐

元型そのものは善悪をこえた中性のエネルギーですが、意識のコントロールがされない場合には「太古的・神話的」に発現してきます。「太古的・神話的」というのは、人間が現れる以前の神々と怪物たちの世界で、すべてが荒々しく激情的に行われることを意味します。

このような元型のエネルギーが自分の中に存在していることを自覚していないときは、自我は知らずしらずのうちに、この力に乗っ取られてしまいます。すると、その人の行動は著しく「太古的・神話的」な色彩を帯びてくるようになります。

最近、2チャンネル創設者のヒロユキさんが、無差別に人を殺める人のことを「無敵の人」と呼んでいますが、この無敵の人は元型に乗っ取られた人なのかもしれません。元型は憑依的な性質も持つからです。

しかし、自我がこの元型的エネルギーを「内なる他者」として自覚して、距離をおいて見ると同時に、その力をプラスに活かすことができれば、それは無意識のあり方を変えたことになるので、意識そのものが豊かになります。こうして、それぞれ変容した意識と無意識は、より高次の次元で結合されたということができます。これが個性化の過程です。

私たちは自我そのものが個性的だと考えていますが、じつはそうではないそうです。自我はむしろ類型的であり、父親や母親、尊敬する人、社会的理想というモデルに合わせて形成される傾向が強いそうです。元型も形式的には類型的ですが、その内容はものすごく個性的なので、さまざまな元型を取り込むことによって、人格は個性化するとのこと。

元型には数え切れない種類があるようです。グレートマザーから始まり、アニマ・アニムス、影、ペルソナ、永遠の少年などが有名ですが、その他にも精神(ガイスト)元型や長男型元型、その他もろもろ…。最近私も新しい元型を一つ見つけました。それは「囚人元型」。

natan
natan

神話でも神様が牢屋に入れられるシーンがあるし、犯罪ではないのですが、私自身も精神的に殻にこもった時期があるので(笑)

現象としての元型

あと、ここからは私の勝手な考察なのですが、元型は心の働きのパターンだけでなく、世界の出来事も元型的パターンで動いていると考えます。「歴史は繰り返す」と言われますが、それはある特定の元型が繰り返し発動しているからだと思います。そしてそれを意識化し、克服できないから繰り返すのかもしれません。

少し話がずれますが、2018年に実際に起こったタイの洞窟に閉じ込められた13人の少年たちの事故がありました。その救出をテーマにした『13人の命』という映画を最近観ました。

これはアマゾンプライムオリジナルの映画で、『ダ・ヴィンチ・コード』などを手掛けたロン・ハワード監督の作品なのですが、この映画を見て私はものすごい衝撃を受けました。事実を元に制作した映画なので、内容それ自体がそもそも衝撃的なのですが、それだけでなく、この映画は裏に元型が動いていると感じたからです。

元型はそれ自体が感動的で、この世ならぬ神的なほど聖なるもの、真なるもの、美しいものであり、魅惑的な側面と戦慄させる側面も併せ持っています。元型を体験したとき、魂を根底から揺さぶられるような体験をするそうです。

私はこの『13人の命』という映画で、目には見えない強大な元型の力を感じました。圧倒されます。元型を神と表現する意味がわかる気がするのです。聖なるもの、美しいものだけでなく、とてつもなく恐ろしいもの。人間の意識や力を圧倒してしまうもの。さらにこの映画はさまざまな元型が集まった、「元型パック」とも言えるような内容です。

元型の強大な力に立ち向かった洞窟救助隊、そしてタイ海軍のみなさん、国を問わずボランティアで集まった何千もの人々。全員の意識を一つにして、そして多大な犠牲を払いながらも、子どもたちのために行動したみなさんの力によって、この元型を乗り越えたんだろうなと思うと、感動のあまり涙が出てきます。

natan
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ぜひこの映画を見てみてください。私が何を言っているのかがわかると思うので!

ちなみに、第34回でお話した映画『ミッドサマー』も元型的な映画です。これはフィクションですが、元型であるグレートマザーの世界観を見事に表現しています。

最後に

というわけで、元型は心的な機能だけでなく、出来事も元型的に動いているだろう、というのが私の考察です。

人間は古代人と同じく、まだまだ元型の作用のままに生かされています。自分の思考や感情も元型のパターンのままに働かせています。だからこそ、元型の外に出て、本当の自分の意識を獲得しなければいけない。そこで重要になってくるのが、自分自身に「なぜ?」と問う、あの哲学的思考です。

「なぜ?」と自分を問うことで元型を意識化できます。元型から抜け出すことができます。自分自身の無意識を意識化することは、元型を意識化することでもあります。

人間は私たちが思うほど、個性的な存在ではありません。すべて型のままに生きています。元型のままに生きることは、ある意味それはAiのような存在だと言えるかもしれません。しかし、元型を自身の中に取り込むことで、私たちはAiから本当の人間(ヒト)へと変わることができるのだと思います。

ぜひ一度「元型とは一体何なのか」をご自身で深く考えてみてください。

このお話が、みなさんの気づきの一つになったら嬉しいです。

natan
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それでは今日はここまでです。
ご視聴いただきまして、ありがとうございました。
また次回もぜひ聴いてくださいね。
それではまたお会いしましょう!バイバイ!

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